イメージ 2
田子町大字原字諏訪ノ平。国道104号線沿い平山酒店向かいにひっそりと案内標柱あり。
イメージ 1
鳥居をくぐって細い道を登って行きます。
イメージ 3
館跡には稲荷神社の社殿があります。かつての原村で、三戸通神社仏閣地名書上帳では地内に諏訪神社が見えますが、稲荷神社については由緒不明です。
イメージ 4
稲荷神社。
イメージ 5
拝殿内。正面に本殿と陶器の狐一対が見えます。
イメージ 6
原館跡は田子町指定文化財(史跡)。築城年代不明。館主である原氏は、建久2年に南部光行が糠部へ入部した際、早くからこれに従った在地豪族。九戸戦争に参戦した信直の配下に原半三郎がおり、「半三郎」は世襲名だったそうです。南部家28代重直代に辰ノ口(現南部町)での鹿狩りで、上級武士に対して無礼を働いたことを咎められ、盛岡永祥院で斬罪に処せられ家名は断絶するも、後に家格を回復し53石余を給せられる三戸給人となりました。
イメージ 7
案内板「原館」より…『田子町文化財指定昭和59年3月6日。原氏は南部氏初代光行の入部に際してこれに属した田子の在地豪族であった。28代重直の代に一旦断絶したがのちに家名を再興し、明治維新当時の主は原(工藤)祐知(数馬)であった。昭和60年12月1日田子町教育委員会』
イメージ 8
関連記事
イメージ 9
イメージ 3
イメージ 2