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田子町田子七日市。
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釜渕観音堂とも書きます。
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釜淵観音堂…『創建年代は明らかではないが、修験大法院の寛政6年寅10月(1794)「修験系図書上覚」によれば、文禄元年(1592)初代大法院以来、第6代法寿院まで釜淵正観音の別当を務めたとあり、銀杏の大木とともにその古さがしのばれる。享保7年(1722)当七日市出身の八戸大慈寺六世奇峯学秀がここで千体仏を完成している。糠部三十三観音の27番札所であり、その御詠歌は「釜淵の砌に立やくわんせおん 慈眼視衆生 念彼観音」平成5年3月田子町教育委員会』
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奇峰学秀の千体仏像の完成を記念した碑。奇峰学秀は釜渕観音堂に籠って仏像を彫り上げました。
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正面中央には「奉千佛之像作」、正面右に「奇峰学秀和尚」、正面左に「手自代釜渕平兵衛」。
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右側面には特に何もなし。
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左側面に「享保七壬寅四月吉日」の紀年銘。
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奇峰学秀千体仏完成記念碑・仏像八体…『奇峯学秀は釜淵一族の出身で、江戸時代中期に活躍した禅僧である。学秀は彫刻の才に恵まれ、生涯に推定三千数百体の仏像を制作している。八戸の大慈寺を引退したあとの享保7年(1722)、この観音堂に籠もって三期目の千体仏(観音像)を完成、奉納した。この碑はその完成記念碑で、この事業を援けた釜淵平兵衛の名も刻まれている。観音堂には、ほかに十王像など八体が納められている。平成20年12月田子町教育委員会』
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観音堂。
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周囲は巨木に囲まれています。
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一際大きい木は「釜淵観音堂の大イチョウ(田子町指定天然記念物)」。
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推定樹齢400年以上、樹高約30m、幹周6.55m。
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手水舎(手水石:昭和50年1月17日)。
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石灯籠一対(昭和11年旧8月11日)。蹴揚って珍しい名字ですね。この辺に多い名字なのかな。
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狛犬一対。
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観音堂前の手水石(昭和42年旧正月17日)。
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観音堂前にあったこちらの石塔(昭和5年7月17日)は石灯籠と見せかけて…
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上部はまるで手水石のようになっています。元は石灯籠かも知れませんが。
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観音堂向拝。注連縄が素敵です。
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観音堂内。真っ暗です。
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何も見えない。向って右に奇峯学秀の作品らしき物が見えましたが、暗くてはっきり見えず。貴重なものなのはわかりますが見れるように配慮して下されば嬉しいよね。ちなみに釜淵観音堂の棟札・仏像等については「田子町の文化財」(田子町教育委員会・昭和59年3月発行)にカラー写真とともに大変詳しく掲載されておりますので参照ください。
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釜淵観音堂蔵内には町指定文化財となっている田子出身の奇峯学秀の作品があるそうです。まずは閻魔大王像で、学秀仏としては珍しく彩色されています。制作年代不明。次に十王像一号~六号で制作年代は不明。そして観音菩薩像は千体仏の中央に安置された像で重量感を感じさせるものです。背面に学秀の両親をはじめ親族の法名が墨書されていて、千体物が親族の供養のために制作されたものであることが分かります。同時に学秀が釜淵家の出身であることが証明された重要な作品でもあります。享保7年の制作。また「釜淵観音堂棟札1号~4号」も町指定文化財。第1号は明和元年、第2号は寛政9年、第3号は文政6年、第4号は嘉永6年のもので、いずれも境内に祀られていた神明宮(天照皇大神宮)の再建時に奉納されたものです。
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観音堂横にあったもの。
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末社。
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薬師如来。
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末社と石祠。何かはわからず。
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末社。
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中には石。
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赤い文字で上部に「八」と見えます。八幡宮かな。わかりませんが。
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末社。
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こちらも薬師如来。
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白衣観音かな。わからないけど。
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慈母観音かな。わからないけど。奉納平成7年11月吉日。
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釜淵観音堂の境内から石塔がたくさんある場所が見えたので行ってみました。
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途中にあった庚申・廿三夜塔(文化12年10月9日)。
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よく見たらお墓のようです。
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釜渕家有縁無縁之墓。
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釜渕家有縁無縁之墓の横に鳥居があります。その上に鳥居と小祠が見えます。
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ここをロープで登ります。写真では伝わらないかも知れませんが「ファイト!イッパーツ!」状態です。
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上の小祠。
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小祠は白瀧大明神でした。昭和38年8月28日奉納の石塔。
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祠内には棟札と…金精様?ロープ疲れでよく見えませんでした。っていうかどうやって下りよう(笑)
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