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県道45号。ちょうど川守田町と六日町の間に「えの坂」の案内板があります。
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えの坂の由来…『昔、この坂の脇に佐藤兵衛の屋敷があったので「さどべえ(佐藤兵衛)坂」と呼ばれていた。それがいつの間にか「え(衛)の坂」と省略して呼ばれるようになった。佐藤氏は代々兵衛丹波守と称し先祖は南部光行公入国の際相内館の一夜堀構築の奉行をつとめたといわれる名家である。佐藤氏はのち田子通り十六箇村の大肝入となり下参郷(しもさごう)氏と称した。六日町に屋敷を賜り更に田子丹波と改め田子氏と称している。昭和63年8月吉日六日町多聞天神社』※十六箇村=夏坂・関・山口・遠瀬・茂市・杉本・石亀・道地・佐羽内・原・飯豊・白坂・相米・種子・田子・日ノ沢。※下参郷氏は世襲とされ、本姓を佐藤兵衛といいましたが、藩命により改称したもので、三戸市中に常住し、年貢収納などの職務を果たすため、田子通に数人の小走を置いていました。
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坂下に大変特徴的な家がありました。
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普通の家なのかな。特に案内板なども無かったので立ち入ることはできず、よくわかりませんでした。
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えの坂は車一台通れるくらいの細い坂道。
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途中でS字型に大きく湾曲しており、勾配はさほど感じません。
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湾曲した所には細い道(石段)があります。
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この石段の方へ行けば毘沙門堂の横に出ます。
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坂上は緩やかに湾曲しており、両側は高いコンクリート塀、そう上には木々が生い茂っているため、やや暗く感じます。
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高いコンクリート塀を抜けた先も勾配が続きますが、両側は普通の住宅地となっており、佐藤兵衛屋敷の遺構はわかりませんでした。
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