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青森県八戸市鮫町にある蕪島は大正11年にウミネコ繁殖地として国の天然記念物に指定されています。
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また、平成25年5月に三陸復興国立公園に指定。
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ウミネコは毎年2月の節分を過ぎた頃から集まり始め、3月末には3万羽を越えます。4月に産卵、5月に孵化して子育てが始まり、6月末から巣立ち、7月末から徐々に飛び立ち8月上旬には全てのウミネコが蕪島から離れます。
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糞に気を付けましょう。
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島は長さ約300m、幅約140m、高さ約19m、周囲約800mの瓢箪型の島。内務省と海軍省の委託工事として昭和17年に旧海軍により2年がかりの埋め立て工事が行われ、本土と陸続きとなりました。大正11年頃の蕪島(下の写真)はまだ埋め立て工事が行われていないため、橋が架けられています。橋は大正8年に架けられたもの。橋が架けられる以前は渡船に頼っていました。
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島の頂上に鎮座する神社名は蕪嶋神社。
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創建は永仁4年(1269)、犬房丸(幕府御家人工藤祐経の子供)がこの地に流され、蕪島が故郷の江ノ島に似ていたところから厳島神社(弁財天)を蕪島の頂上に勧進したのが始まりとされ、以後、犬房丸の後裔である嶋脇氏が氏神として祭祀が行われました。又、一説には永仁4年に海中から弁財天を模った尊像御鏡が出現したことから神意と悟り「蕪嶋大明神本地辨財天」として祀ったのが始まりとも伝えられています。
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御祭神は市寸嶋比売命、宗像三女神、多紀理毘売命、多岐都比売命で「蕪嶋の弁天様」として信仰を集めてきました。ちなみに『水神竜神 十和田信仰』(小館衷三)には「鮫の蕪島には海神厳島神社があるが相殿に高おかみ神を祀り、法領神とも称していた」とあります。宝永3年(1706)、八戸藩3代藩主南部通信が社殿を改築し、男子誕生の子宝祈願を行ったところ見事念願成就し、以来歴代藩主から崇敬庇護され、南部家の御紋の向鶴を社紋として授けられました。明治の神仏分離令により厳島神社に改名するも、平成3年(1991)に厳島神社から蕪島神社に改名。
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平成27年11月5日未明に全焼し、現在は再建中のため立入禁止。
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参道の中ほどにある一対の石灯籠は、地震で崩れた大鳥居の柱を利用して、昭和37年に造られたもの。
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大鳥居は大正時代に地元の青年団が奉納したもので、参道のコンクリート製の階段も、昭和に入ってから青年団の奉仕事業として造られたもの。
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弁財天。
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八戸小唄碑…『唄に夜明けた かもめの港 船は出てゆく南へ北へ 鮫の岬は潮けむり』法師浜桜白書。
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蕪嶋神社新御社殿再建について…『平成27年11月5日未明に発生しました火災により、御社殿及び御神宝、祭器具を失うという想像だにしなかった残念な御報告を市民の方々並びに蕪島を愛して下さる皆様にしなければならなくなったことは、神社と致しまして悔やんでも悔やみきれない痛惜の極みであります。当神社宮司をはじめ責任役員総代一同改めてご心配頂いた皆様方に深くお詫び申し上げます。そして、火災後、神社の再建に向けて、全国からご浄財を賜りまして神社関係者一同、心よりお礼申し上げます。新社殿構想につきまして、当神社は創建720年を迎える歴史や天然記念物ウミネコ繁殖地・三陸復興国立公園としての環境などを踏まえ、市内外の崇敬者の皆様、当神社を愛する方々の想いやお気持ちを受け止め、当神社の未来への新しい道の出発点となるよう検討を重ねたものであります。工事期間中は、ご参拝の皆様方に何かとご不便をおかけ致します。当実行委員会では引き続き奉賛活動を続けながら、蕪嶋弁財天の微笑みのように優しく温かみのある社殿を目指して参りますので、何卒、趣旨に御賛同下さいまして、御奉賛を賜りますよう謹んでお願い申し上げます。』
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完成予定日2020年3月。御奉賛についての詳細は下記HPへ。
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