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曹洞宗池福山法蓮寺。十和田市洞内前田。
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野月商店さんの隣りです。肉と雑貨…。
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法蓮寺境内はかつての「洞内城跡」にあり、堀跡等が現存しているそうですが、その痕跡についてはよくわかりませんでした。
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十和田市指定有形文化財(昭和40年2月指定)…『一.法心和尚像(木像一体・池福山法蓮寺蔵)一.道無和尚像(〃)一.伽羅聖観世音菩薩像(〃)●法心和尚像及び道無和尚像由来…法心和尚幼名を平四郎といい、文治5年常陸国の真壁に生まれた。城主真壁左衛門尉経明につかえ、故あって出家し、宗国にて仏鑑禅師に師事。禅行を修め晩年洞内に法蓮寺を開く。旧主経明は、法心を慕いきて弟子となり道無と号した。のちに師弟で互いに像を彫り合い、この像を残したと伝えられている。この像は、室町時代の作品と推定される。●伽羅聖観世音菩薩像由来…当山の本尊。真壁左衛門尉経明持参するこの菩薩像は、恵心僧都の作と伝えられている。江戸時代の作品と推定される。』
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法蓮寺は鎌倉時代の名僧法心和尚(臨済宗)の開山と伝えられますが一時衰退し、後に野辺地の曹洞宗常光寺末寺として再興。旧本尊とされる伽羅聖観音菩薩像や、法心と弟子の道無が向き合って互いの姿を彫ったと言われている法心和尚像・道無和尚像があります。これら3体の像は昭和40年に市の有形文化財に指定。※十和田市のHPにて見ることができます。
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洞内の豪族洞内唯之進は、宮城県松島の瑞巌寺を臨済宗寺院として開山した法身性西禅師の高風を慕い、文永2年(1265)勧請して杉の沢(現茶屋)に法身禅師を迎えることで、東奥における最古の禅林、臨済宗池福山法蓮寺が誕生しました(※瑞巌寺について記述した『宮城県史12巻』によりますと当初の寺号は円福寺)。しかし、開創以来15~6代続いた由緒ある法蓮寺も星霜を経るにしたがい廃頽し、天文8年(1539)頃に一度廃寺。
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承応元年(1652)、野辺地代官日戸五平衛直秀は、野辺地の日照山常光寺四世玉淵天雪大和尚を請じて、現在地に法蓮寺を再建、同時に臨済宗から曹洞宗に改宗。本寺常光寺は、盛岡の瑞鳩峰山報恩寺七世慶室怒悦大和尚により寛永9年(1632)に開山された寺院であり、石川啄木と縁のあるお寺として知られています。
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「法身禅師さま」の大祭(9月の第一日曜)では、法身禅師の墓参りの後、法蓮寺境内にて地域の伝統芸能である駒踊りが奉納されるそうです。
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法身堂。
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堂内には由緒にもある法身禅師と道無和尚が互いに相手を見ながら刻み合ったという木像が左右に安置されています。法身像は高さ83cm、道無像は87cmの木像。中央には真壁経明公の念持仏と伝えられ、伽羅の香木で作ったとされる観世音菩薩像を安置。
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六地蔵など。
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招魂碑など。
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