イメージ 1
曹洞宗日照山常光寺。
イメージ 2
報恩寺(盛岡市)末寺。
イメージ 3
寛永9年(1632)日戸内膳の開基と伝えます。
イメージ 4
野辺地城時代に城主であった日戸内膳行秀の菩提寺となり境内には墓碑が建立されています。天保元年に延命地蔵尊が建立されています。
イメージ 5
イメージ 6
石川啄木は岩手県盛岡市にある常光寺が生誕の地であり、野辺地の常光寺には伯父である葛原対月和尚が住職だったこともあり、3度も野辺地を訪れているそうです(明治37年時19歳・明治39年時21歳・明治40年時22歳)。
イメージ 7
イメージ 8
花鳥号碑。
イメージ 9
イメージ 10
花鳥号碑(野辺地町指定有形文化財)…『明治9年(1876)の明治天皇奥羽御巡幸で、御料馬「花鳥」は7月13日に野辺地の行在所に到着すると同時に斃死し、翌日早く、行在所に隣接しているこの常光寺に葬られました。白布四反を馬体なりに縫って包んで埋めたと言います。この花鳥をたたえ、その死をとむらう石碑が宮内省により送られ埋葬地に建てられたのは明治11年のことです。石碑の銘文は、明治期を代表する漢詩人・書家である長三洲(廿+火・ひかる)による漢詩と書です。三洲筆の習字本は小学校の教科書として使用されていました。明治天皇の全国各地への御巡幸は明治新政府が行った重要な政策の一つですが、その足跡を伝える貴重な石碑です。なお、愛宕公園には昭和4年(1929)に建てられた花鳥号の等身大の銅像があります。』
イメージ 11
イメージ 12
イメージ 13
石灯籠。
イメージ 14
石灯籠一対(天保4年4月3日)。
イメージ 15
イメージ 16
三十三観音。
イメージ 17
六地蔵。
イメージ 18
イメージ 3
イメージ 2