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東津軽郡蓬田村郷沢浜田に鎮座する稲荷神社。
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菅江真澄が『外が浜づたい』にて、「かつ行て郷沢村という村のあとあり、卯辰のうえに、いさりするに魚だにあらで、犬をつくり馬を屠りてつくられたりしころ、人身まかりやけたりしと」と記しています。
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この参道のアスファルト、真っ白でとても眩しかったです。きっと新しいものでしょうね。
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二の鳥居の笠木。
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石灯篭一対。
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大正10年4月。
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狛犬一対。
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眼球の色付けのせいか、横から見ると普通なのに、正面から見ると面白い顔に見えてしまいます。
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手水舎。
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手水舎Ⅱ。タイルで作られた奉納者の名前に味があります。
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狐一対(大正6年旧2月11日初午祭之建)。
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細いっ!
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御祭神は倉稲魂命、猿田彦命、大宮売神。例祭日は4月10日。
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創建年月日等は不明です。火難消除のため村中に産土として奉祭。安政6年弘前藩浦町横内油川後潟四カ組秣場炭焼元帳に稲荷神社が見えます。明治42年に本殿拝殿を焼失し、同年10月に改築されています。明治6年3月村社。
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社殿横に「浪打稲荷神社」の神額がありました。浪打稲荷神社は昭和に入ってから廣田神社に合祀されています。当郷沢稲荷神社は廣田神社の兼務社のようです。
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本殿。
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本殿裏手に真っ黒な石が安置されていました。イメージ 27
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庚申塔(明治34年)。
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その横にも石がありましたが何かは不明。
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郷沢簡易水道組合記念碑…『溢れ湧く清水をともに飲みわかちさきはひおほし郷沢の人』
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裏面に郷沢簡易水道組合沿革等…『昭和40年8月1日13人組水道設立…(中略)…昭和59年6月10日組合員の総意により掘削20周年記念碑を建立』
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松の巨木がたくさん。
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松の巨木に囲まれて石碑(県営郷沢地区ほ場整備事業竣功記念・蓬田村土地改良区)がありました。
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『徹田無疆』(蓬田村長八戸良次郎)。
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裏面碑文…『郷沢地区は、蓬田村中央部に位置し国道280号線西側に展開する面積114ヘクタールの水田地域である。地区の主水線は蓬田川に求め、郷沢頭首工より取水し、途中郷沢ため池に貯溜して地区に引水している。しかしながら地区の水田は、不整形・小区画で、用排水路も錯綜し、また農道は幅員が狭く屈曲も多いため、営農上大きな障害となっていた。加えて、ひとたび大雨に見舞われれば地区内の水路が氾濫し、通行不能となる状況にあった。このような生産基盤を改善するため、関係農家と村当局が一体となって昭和57年度の県営排水対策特別事業の着工と並行し、昭和59年度県営郷沢地区ほ場整備事業の実施を決意。以来区画の整理や用排水を分離したことにより、ほ場の乾田化と大型機械の導入を可能とすると共に共同作業化への道を拓き、農業生産性の向上と農作業の効率化のため、関係者一丸となって本事業に積極的に取り組んだのである。ようやく事業着手に漕ぎつけ、工事も順調に推移していたものの、現下の農業情勢は米の生産調整や米価の引き下げ、農産物の輸入自由化といった急激な変化を遂げ、極めて厳しい環境にある。しかし、関係農家は父祖伝来の農地を守り、農業に対する情熱は強く、幾多の困難を乗り越えて事業着工以来8年の歳月を経た今日、総事業費7億7千8百万円余の巨費を投じ、地区内の農業基盤が立派に整備され、関係農家悲願の一大事業がここに完成をみた。組合員の一致団結による事業の完成は「農本の精神に徹して努力すれば必ずや現状を克服し明るい農業の未来が拓ける」ことを信じつつ「徹田無疆」の記念碑を建立し、この事蹟を永く後世に伝える。また、着工以来、これまで一貫して本土地改良区の理事長として組合員の先頭に立ち、事業に心血を注ぎこの偉業を完成に導いてきた故坂本豊道氏の功績を讃えると共に、組合員一同は永久に感謝の誠を捧げる。平成3年9月20日。蓬田村土地改良区理事長坂本祐一(以下、工事概要は省略)』
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