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外から見たら森!って感じでしたが、境内は綺麗にされています。
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一の鳥居は石造で明治39年8月吉日建立。
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続いて赤い両部鳥居が続きます。
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鳥居付近の御神木が大きいですね。
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かつての神主は瀬辺地村の天満宮の菅浦倶衛が兼務していたようです。近年は瀬辺地天満宮と共に廣田神社の兼務社になっているようです。
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御祭神は誉田別命。例祭日4月15日。創建不詳。
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貞享4年検地水帳によりますと、八幡社社地が2社あり、1つは広瀬八幡宮で、もう1つは高根村八幡宮
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明治6年3月に郷沢村稲荷神社へ合祀、同8年2月復社、同9年12月村社。
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本殿・拝殿は明治35年8月に改築されています。
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鰐口。
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蟇股・木鼻。
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本殿。
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手水鉢(紀年銘昭和)。
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石灯篭一対。紀年銘は明治30年3月かな。
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石灯篭横にあった不明の赤い石。
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こちらも不明の石一対。
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石灯篭一対。皇紀2600年記念です。
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狛犬一対(大正4年8月15日)。
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少し大きめのこちらの祠。
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大小の御神馬が祀られていました。
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末社。
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宮形がありますが閉まっていたので、何を祀っているかは不明。
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末社。あまり状態は良くありません。
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このタイプはたぶん稲荷宮かな。
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頌徳碑(越田治右エ門・久慈重次郎・田中岩松)。昭和17年6月、大東亜戦争の最中、翼賛壮年団広瀬支部が主となって、戦勝祈願・部落発展のために建立。
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越田氏は文化7年に越前の国に生まれ、天保8年28歳の時に浪人となり中師に落ちつき、寺子屋を開き、その後広瀬に移り寺子屋を開いた人。久慈氏は天正10年陸中の国久慈村に生まれ、29歳の時に故あって主家を浪人、国を出て広瀬に落ちつき農業に従事。広瀬部落の祖先・開拓の祖先ともいわれます。田中氏は明治32年に本部落に生まれ、耕地拡張事業・灌漑事業に尽瘁。
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湧水小屋。
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平成18年に神社の役員の手によって建てられ、入口には「水の検査をしていないので自分の責任で飲むこと」とあります…無理です。
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湧水小屋の近くにあった台座付きの丸い石。
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何かは不明。
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