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青森県神社庁HPによりますと御祭神は伊弉諾神、速玉男神、事解男神。貞享4年の陸奥国津軽郡御検地水帳によりますと、熊野堂の社地は16間×8間。貞享4年の支配処社調によりますと、天和3年建立と記されています。宝永元年の社堂境内記からは名称が熊野宮となっています。明治3年の神仏混淆神社調帳では仏体を上納とあります。明治6年には今別神社と合同の祭を行っていますが、同8年には旧に復したといいます。神仏混合の時代は貞享4年の熊野堂という名称の時代より遡るものと思われます。なお、明治初年に時の庄屋嶋中庄左衛門によって、岩木山祠が建てられており、毎年旧8月1日にお山参詣が行われるようになったそう。大川平では同地区西側の小高い山を岩木山と呼んでおり、山頂の大川平岩木山神社に参拝します。
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社殿内の由緒より…『祭神:伊邪那岐命、伊邪那美命。宮司:澤田瑞穂。正保2年:大川平熊野宮建立。昭和31年2月15日:杉を売却して神殿の修築を行った。大工小鹿由蔵。昭和36年5月1日:境内の杉百石を売却して宮の屋根をトタン葺とした。費用参拾弐万円。昭和36年7月24日:鳥居をカラートタンで包んだ。昭和39年:寄附を募り権現様と衣類を新調した(寄附金ほか弐万参千四百円、獅子頭五千八百円)。昭和48年11月25日:岩木山神社境内地五反九畝を道路工事で売却し立木補償も含めて壱百七拾七万円で拝殿の改修をした。大工平山一男。昭和52年:境内の参道を舗装した。費用六万円。昭和53年9月:大鳥居をコンクリートで建立した。工事者相茂建設相内茂一。昭和54年4月28日:境内と道路の境界にブロック工事をした。平成13年4月18日:神殿の土台と屋根のトタンを葺替えた。費用七拾万円。工事者上山建設代表上山等。11月18日:熊野宮名の小さい幟を新調した。費用参万円。平成16年11月27日:夜半に風速33米の強風で境内の杉が倒れた(幹まわり5米、樹高30米、樹齢凡そ350年)。平成17年7月26日:拝殿の屋根、カラートタン葺きとした。費用六十万円。町会特別会計より支出。工事者佐藤建築板金佐藤文彦。7月30日大鳥居のペンキを塗り替えた。平成17年9月18日筆者嶋中賢一。』
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本殿。
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石灯籠一対(昭和42年11月23日)。
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狛犬一対(昭和17年旧6月18日)。
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馬の石碑。
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馬の石碑…『この馬の石碑は、明和の時代に奉納されました。大川平地区の人々は馬と一緒に山野を切り開き、田畑を耕してきました。馬は貴重な宝でした。現在でも大川平地区の人々は伝統芸能である「荒馬」を行い馬に感謝して暮らしています。』
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夫婦杉。
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夫婦杉…『この2本の杉は、大川平地区の人々から夫婦杉といわれています。杉と杉の間をくぐって祈願します。すると縁が結ばれ夫婦円満幸せに暮らすことができると、昔からいわれています。皆さんも杉の間をくぐって神社で祈願してください。』
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栓とニレの木。
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栓とニレの木…『この栓とニレの木は絡み合って支え合ってそびえ立っています。まるで、愛し合い支え合って暮らしている夫婦の姿です。この2本の木にお祈りしてから神社で祈願してください。きっと夫婦円満、幸せな暮らしができることとおもいます。』
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