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飯詰浄水場。飯詰の周辺散策マップや観光マップにて紹介されているのに閉まっています!仕方がないので、観光マップの説明だけ掲載しておきます。
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『いずみ小学校の東5百メートル、小高い丘を登ったところに浄水場があり、洋館風のステキな建物で、まさに大正モダンの建造物です。大正13年(1924)に建設の許可が出て、昭和2年(1927)に竣工と同時に深沢(現在の飯詰ダム)から引いた水を浄水しました。青森市に続いて県内2例目、五所川原としては初めての水道事業になりました。市の人口の増加につれて第1次から第4次まで改変が行われ、取水も現在浅瀬石ダムを加えています。浄水場を衛生的に管理するために張られている柵の周りは芝生も広く、紅葉もきれいです。昭和43年取水施設及び浄化設備の更新をしました。平成5年浄化設備の更新、薬注設備の充実及び汚泥処理設備を新設しました。現在も管理し市民の「生命の水」を確保しています。』
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飯詰集落から4kmほど東に進むと天池に着きます。所々に天池の案内看板があります。
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飯詰の村では昔から雨乞いをする神社です。『水神竜神 十和田信仰』(小館衷三)にも掲載されています。『天池は魔神山の麓にあって雨乞の霊地とされている。平尾魯仙の「谷の響」に、「飯詰村の山中に雨池といふがありて旱天の年は里人どもこの池の辺に葬送の道具及産室の不浄物を運び、あるいは牛馬の骸骨などを投げ入れ、早々けがらわしき業をなすに、忽ち大いに雨あることは往古よりしかりといふて雨池とよべりとなり。かかるからに往ぬる嘉永四の亥の年(1851)も又旱魃の災あるから村里の農夫共、此池の辺にむれつどひ種々のけがらはしきものを持ちくばりて雨乞の業を営みける……。汚穢不浄の物をもて雨乞することは何れの国にもまま有ることながら極めてなすべき業にあらざる事なり……。」とあって昔から雨乞が行われていた。』
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「わが街いいづめ冊子」より…『昔、山子(杣夫)達が寝泊まりしながら山仕事をしていました。ある日、沢の方から鉦の音が聞こえてきました。「誰がならしているのだろう。なぜだろう」と不思議に思いながら、仕事が終わってから鉦の音を頼りに探していきました。するとどうでしょう。大樹の根元に座して鉦を打ち鳴らしながら、ひとり一心不乱に祈りを献げている尼僧の姿がありました。その鬼気迫る様子に怖れをなして慌てて小屋に帰り、着物も脱がず敷きっぱなしの布団に潜り込んで夜の明けるのを待ちました。やがて21日ほど経ち気がついて見ると、鉦の音がハタと止まっていました。尼僧の様子が気になってあの大木へかけつけました。すると木の根元から広がる沼が目に飛び込んできましたが、あの尼僧の姿はどこにもありませんでした。山子達は村に飛んで帰って事の次第を村の長老に伝えました。すると長老は、きっとその尼様が雨乞いの末亡くなったに違いないと沼の辺に祠を建て懇ろにまつりました。以来日照りの時は雨乞いを行うようになりました。不思議なことに雨乞いをすると必ず雨が降るということでした。天が答えてくれる池で「天池」。雨を降らせる沼で「雨池」。尼様が力をくれる池で「尼池」ともいわれています。』
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天池神社社殿に貼ってあったもの(ほぼ読めず)…『火の用心?人の世は荒き船路も道ふなよ皆さん(不明)此の神島に勝る地ぞなし(不明)休み(不明)堂主(不明)』
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社殿上部には天池神社覚書(古文書所蔵高楯城史跡保護会)があります…独特な字体…『天池神社とは東日流奥法郡飯積村魔神山の麓深澤に在り千古萬年留なる湖に不思議な浮嶋を有する處に古から一宇の草堂が建られ是を天池神社と稱したり祀神は神佛双道にして天之雷電命を以て神道と爲し龍樹菩薩を以て佛道と奉祀す是の社の宮司は飯積大光院の別当にして飯積髙楯城領下の民百姓が雨乞の祈祷靈場とし大光院総代の法印是を修す右覚書如件。文政五年六月十六日庄屋和田長三郎』。
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天池神社由来書…設置場所も微妙な上に字も読みにくい!背が高くて視力のいい方…是非訪れて私に教えてください(笑)
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ってことで間違っているかも知れませんが一応…「天池神社由来書。大光院天池縁起。文治二年七月羽黒山法印辰眼坊が大光院修行の砌り村民の願ひに依り雨乞の祈祷を天池にて修法しその夜半に不可思議なる夢を觀ぜり湖中に青龍権現が現れその背に美しき人魚乗りて法眼坊を招くと觀て夢覚めたり法眼坊是に霊感を覚え更に三七二十一日の行願を修しければ満願達成の朝に美しき女性彼の堂を訊ねたり辰眼坊夢に現れたる人魚に似たるこの美めに佛道修業の誓を忘れ美女を求めたり二人の悦楽は月日の過ぎ逝を忘却せるめく心身心を求め相いど秋更けるに及びて彼の女憂いて泣けるを辰眼坊不審に想いその■を審せば彼の美女曰く妾は龍の化身にて候も■を愛しきに天戒を脱がれて来たるも帰天せずば主の一命にかゝはるあり依て哀しき別れを偲びて候と言けるに辰眼坊蔦を不動呪縛の■を誦ければ美女化身の術■れ龍となり龍巻を起し雷雨を呼びて昇天せり亦辰眼坊も大魚と変化して池の浮島底に隠住せり依て島動くは彼の主なり以上如件」
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由来書に纏わる絵も描かれています。辰眼坊と龍に乗った美女。
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絵の横には「明治維新の砌り神仏改めの令に依て故和田丑之助依霊験雨池神社水■明治43年4月19日神社再興す充満其願如清涼池之力標及■昭和45年旧6月15日新築■天池神社講中其他■堂主代和田ゆ■■■■」とあります。こちらは字体はいいのですが、高い所にあって下の部分が見えません。もっと離れて撮れば読めたかも知れませんが、私のボロデジカメでは望遠側が限界(笑)
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社殿内中央上部にも由緒らしきものが見えましたが、社殿内はサウナのように暑かったので入りませんでした。しかも虻が凄くてゆっくりお詣りしていられません。虻がいない季節をおすすめします!
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社殿横の窓木&三頭木。
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水神と彫られた石碑(雨池講中)。
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天池。
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浮島。
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天池にある浮島は風に流されて移動するらしいです。
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由緒では羽黒山法印辰眼坊が大魚となり浮島の底に住み島を動かしているということですが。
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池の脇に道があり近くまで行けます。
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裏に回ってみたのですが…これは島なのかな…草木しか見えず…島だとしたら上がれるのかな…いや、こういうのはあまり追究しないようにしましょう(笑)
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浮島の裏にある祠。
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中央には蛇の絵が見えます。龍神の祠かな。
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平成15年7月5日建立とあるので比較的新しいものでした。再建かもかも知れませんが。
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