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『御祭神天照大神。例祭日7月16日(前夜祭7月15日)。由緒沿革…草創年不詳。寛永3年(1626年)、伊勢三日市七太夫と申す人が当地へ下ったとき、伊勢太新宮の御神璽と御榊を御下しになり、浦町村の勘解由という者に預け、それを浦町村元伊勢に奉祀。寛永20年(1643年)、津軽藩二代藩主信牧公の時青森繁栄のため、開港奉行森山内蔵之助藩主の許可を得て、浦町村元伊勢より柳町へ遷宮。2度の遷宮の後昭和22年、青森市大字浜町に遷宮浜町神明宮と改称し、翌23年、本殿、拝殿を新築今日に至っている。』
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青森県神社庁HPによりますと、『草創年不詳、青森浦町元伊勢という所に鎮座していた。元伊勢という所は現在の浦町神明宮の場所である。寛永三年、伊勢三日市七太夫と申す人が当地へ下ったとき、伊勢太神宮の御神璽と御榊を捧げ来りしに、其頃、青森開港の最中により、浦町勘解由という者にお預けになり、浦町村元伊勢に奉祀。其頃、当神社の初祖、青山兵庫太夫、藩命により弘前神明宮より此地に、祈祷祢宜を命ぜられ、青森の町並も大方出来しに、片村里に置き奉ることを惶れ、寛永二十年、津軽藩二代藩主信牧公の時、青森繁栄のため、浦町村元伊勢より柳町へ遷宮。明治二十年、区画整理の為、遷宮。大正九年、再び区画整理の為、遷宮。昭和二十年、戦災により焼失、社地を氏子町内に求むべく腐心した結果、昭和二十年、浜の青森商業銀行敷地跡に遷宮。昭和二十三年、社殿を新築、浜町神明宮と改称した。』とあります。
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社号標裏面「大正12年7月16日・濱町、新濱町」。
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石灯篭一対。
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社殿内。
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なぜか「天満宮」という社号標もあります。由緒や御祭神には特に書かれていませんが合祀されているのかな。下の写真だけ見ると天満宮ですね(笑)
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