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三の鳥居からは急激に人が増えます。
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鶴岡八幡宮…『御祭神:応神天皇・比売神・神功皇后。当宮は源頼義公が前九年の役平定後、康平6年(1063)報賽のため由比郷鶴岡の地に八幡大神を勧請したのに始まる。治承4年(1180)源頼朝公は源氏再興の旗を挙げ、父祖由縁の地鎌倉に入ると、まず由比郷の八幡宮を遥拝し「祖宗を崇めんが為」小林郷北山(現在地)に奉遷し、京に於ける内裏に相当する位置に据えて諸整備に努めた。建久2年(1191)大火により諸堂舎の多くが失われたが、頼朝公は直ちに再建に着手し大臣山の中腹に社殿を造営して上下両宮の現在の結構に整えた。以来当宮は武家の守護神として北条・足利・後北条・徳川各氏も社領等の寄進、社殿の修造を行い篤く尊崇した。摂社:若宮(例祭4月3日)。末社:白旗神社(例祭5月28日)、式内社(例祭4月21日)、丸山稲荷社(例祭4月9日)、祖霊社(例祭春分・秋分の日)、旗上社(例祭4月初巳の日)、由比若宮(例祭4月2日)、今宮(例祭6月7日)。主な年中行事:▼歳旦祭(1月1日)。▼大祓(6月・12月晦日)、古神札焼納祭(半年間の罪穢を祓清め、また古い神札やお守りを焼納する)▼ぼんぼり祭(8月立秋前日~8月9日)、諸名士揮毫によるぼんぼりの掲揚。▼例大祭(9月14~15日)、旧暦8月15日の放生会にちなむ)。▼流鏑馬神事(9月16日)、頼朝公により始行された勇壮神事。▼御鎮座記念祭(12月16日)、建久2年当宮鎮座日(旧暦11月21日)、御神楽を奉奏する。』
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源平池に架かる太鼓橋。創建当時は木造で朱塗りだったために赤橋と呼ばれていました。北条氏の庶流・赤橋家の苗字はこの橋の名称に由来。
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鎌倉市指定天然記念物の槙。
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三の鳥居を潜らずに左に少し行くと鳥居(石灯篭一対・小祠)がありましたが、手前に小川があって渡れないため、何の祠かはわからず。鉄の井のすぐ近くです。
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西鳥居。
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流鏑馬馬場。毎年9月16日に流鏑馬神事が行われます。
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石灯篭。境内にはいくつか石灯篭がありますがきちんと見ていません。慣れない人混みでいっぱいいっぱいでございます。きっとどれも歴史深いものでしょう!ちなみに上記の大きな石灯篭は文久2年(1862)、砂糖船の安全を祈願して江戸・大坂の砂糖店が奉納したもの。三の鳥居の両脇にある珍しいステンレス鋼製の灯篭は、昭和15年6月6日に日本橋河合佐兵衛奉納、作者は新橋の徳増久五郎。 
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手水舎。手水舎の奥から祖霊社(昭和24年創建)に行けます。
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社務所。
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お祓い所。
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直会所。
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御祈祷受付所。
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爽やかカップルと舞殿。
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文治2年(1186)、静御前が義経を慕い心を込めて舞った若宮廻廊跡(当時は舞殿はまだ建設されていません。建久4年(1193)2月27日舞殿新造。関東大震災にて半壊。)に建っています。舞殿は宮内のほぼ中心にあり下拝殿とも言います。
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神前結婚式の最中でした。おめでたいです。
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舞殿の鳩たち。
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若宮社(下宮)。何やら修理中。本宮の御祭神応神天皇の御子仁徳天皇ほか三柱の神様がお祀りされています。
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若宮に併設されている若宮儀式殿。
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若宮儀式殿前にある鎌倉市指定天然記念物の柏槙。
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目に毒。
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古神札納め所。
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大石段横にはかつて大銀杏がありました。
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大銀杏。樹齢1000年。建保7年(1219)1月27日、源頼家の子で八幡宮の別当を務めていた公暁が、この銀杏の木に隠れて待ち伏せし源実朝を殺害したという伝説があるため、隠れ銀杏という別名を持ちます(※当時の樹齢を考えると人が隠れるほどの太さには成長していなかったという説もあるため真偽は不明。公暁が身を隠したのは先代の樹であり現在の樹は2代目とする説もあり)。昭和30年(1955)、神奈川県の天然記念物に指定され、鶴岡八幡宮のシンボルとして親しまれていましたが、平成22年3月10日4時40分頃、強風のために大銀杏は根元から倒れてしまいます。倒れた大銀杏は3つに切断され、3月15日、根元から高さ4mまでが、7m離れた場所に移植されました。残る2つは境内に保存。
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大銀杏…『平成22年3月10日未明、強風に煽られ、根本から倒伏。再生・再起を願い、大石段側の元の場所に残された根を保全、倒伏した大銀杏の本体(親木)は、西側(左)へ移植しました。元の場所に残された根からの蘖(若い木)が勢い良く伸び出し、移植した幹からも萌芽し葉を付けるまでになりました。大銀杏の後継樹としての若木の選定、また親木の再生根の確認が出来るまでには数年の観察が必要とされます。皆様の祈りが「頑張る大銀杏」のエネルギーになります。何卒見守り続けて下さるようお願い申し上げます。』
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親木。
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これだけの木ですから今とは相当風景が違っていたでしょうね。
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