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芦野公園内にある招魂堂です。
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手洗鉢。
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石灯篭一対。
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招魂堂拝殿。昭和15年10月31日建立。
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「昭和14年10月31日、日華事変に出征した金木町出身の軍人14名が戦死した。帰還した軍人たちは、再度応召の場合、再び郷土の土を踏むことはないだろう。招魂堂建立は亡き戦友の冥福を祈るためではあるが自分らもやがては無言の凱旋をするかもしれない。それで招魂堂を建立する議を起こした。当時の町長、高橋良三郎氏、金木町在郷軍人会長、泉谷蔵次郎氏、津島文治氏等にはたらきかけ賛同を得る。予算の捻出は帰還軍人や町民全世帯からの浄財をもって充て今日に至っている。また、太平洋戦争の戦没者数251柱が眠っている金木町の慰霊碑と招魂堂を永久に存続、保持し戦争の歴史的教訓を次世代に正しく伝え英霊の御心と平和の尊さを語り継がれていくことを心より祈願いたします。明治時代(明治元年-明治29年)における戦没者27名(戊辰戦争・日清戦争・日露戦争、金木地区17名・嘉瀬地区6名・喜良市地区4名)。昭和時代(昭和13年-昭和23年)における戦没者419名(満州事変・日華事変・太平洋戦争、金木地区184名・嘉瀬地区155名・喜良市地区80名)。」
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芦野公園の桜まつり期間に金木町戦没者追悼式が当招魂堂で行われているみたいなので、その期間であれば堂宇内で参拝できるのかも知れません。
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玉垣と奥殿。
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征清烈死碑。
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明治37、8年戦役忠魂碑。
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殉國之霊碑(参議院議長佐藤尚武之書)。
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160人の名前が刻まれています。
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陸軍歩兵曹長勲七等功七級田中正一君之霊。
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芭蕉翁句碑…「名月や池をめくりて夜もすから」(明治30年8月建立)
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虎谷一虎句碑…「名月や名号をもらふに行狐」(明治41年10月建立)
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