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昭和35年3月、目屋ダム完成。その目屋ダムが今年水没し、新たに津軽ダムが完成します。
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目屋ダムによって形成された人造湖は美山湖と命名されましたが、その名前は引き継がれず、津軽白神湖と命名されました。
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目屋ダムは治水安全度を高め、想定した洪水に対し十分な治水効果を発揮したものの、岩木川では当初計画した規模を超える洪水が相次ぎ、新たなダム建設を望む声が津軽地域で高まりました。それを受けて昭和58年度に津軽ダムの概略計画を立案する予備調査に着。調査の結果、津軽ダムは既設目屋ダムの直下流に建設する計画となりました。沈んだ目屋ダムと津軽ダムの位置関係はグーグルアースを見ればわかります。
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なお、津軽ダムの詳細は津軽ダム工事事務所のHPを見てください。
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目屋ダムの建設に伴い、西目屋村砂子瀬集落と川原平集落で合わせて83戸92世帯が水没。津軽平野住民の悲願を達成させるために住み慣れた故郷を離れるという苦渋の決断をした住民は、一部が弘前市に転居した以外は湖畔周辺に新たな居を構えたそう。
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しかしながら今度は津軽ダム建設によって177戸が沈没。一部の住民は再び移転という苦難を味わうことになりました。2度に渡る移転は辛いですね。岩木川流域の苦しい水事情に理解を示した砂子瀬・川原平の方々には最大の敬意を払わなくてはなりません。
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それにしても大きいですね。そして怖いね(笑)
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目屋ダムのコンクリートの標本。
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目屋ダムのコンクリートの標本…『目屋ダムの下流のコンクリートの一部を切り取った標本だよ。白い石が骨材(砂利)で普通のコンクリートより大きいのが分かるかな。目屋ダムは昭和35年(1960)に完成したので約50年たっています。下流面はコケがはえて貫禄があるね。内部のコンクリートはいまでもカッチカチやぞ。津軽ダムができると目屋ダムは湖に沈みます。目屋ダム、長いあいだ洪水から守ってくれてありがとう。そしてご苦労さま。目屋ダムに負けない立派な津軽ダムを作るぞ!(オー!)』
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目屋ダムのクレストゲートの開き具合を調整していた開度計。
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