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御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命。御神体は男根と女陰。
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遠野町新町(砂場町)の鍋倉山中腹に鎮座。創建年月日不詳ですが遠野地方では古い神社と云われています。
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一説には阿曽沼孫四郎広郷が天正2年(1574)横田城を鍋倉山に移転した際に城中鎮守として勧請した伝えます。当時、この辺りは多賀の里と呼ばれていました。
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天保4年(1647)、南部直栄が城西鎮護のために再興し、次いで元禄5年(1692)義論の代に七戸三郎右衛門吉広が領主になって再建。
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寛延4年(1751)境内を広げて2本の参道を逢坂に造ったといわれ、その後荒廃するも、明治34年(1901)新町の有志によって再建。
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祭日は旧7月7日で相撲の行事が行われるそうです。境内社として八坂神社があり素戔嗚尊を祀っています。
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遠野遺産第76号「多賀神社と御神木」。
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多賀神社…『一説に横田城を鍋倉山に移した天正2年(1574)に阿曽沼広郷が城の鎮守として勧請したといわれ、正保4年(1647)と元禄5年(1692)に再建されました。中世に多賀の里とよばれたこの付近は明治のころまで寂しい町はずれで、市日などで魚を買って帰る村人をだまして魚をとりあげる狐の話の舞台でした。』
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多賀神社社号標と山神・古峯山などの石碑。
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男坂と女坂(坂上より)。
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末社。
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右は稲荷宮でしょうか。お狐様らしきものが見えます。
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左は読めませんでしたが、多賀神社の御神木の切り株でしょうか。丁寧に祀られております。
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末社の多賀八幡大菩薩。
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