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小栗山は早くから鷹取場として知られます。曹洞宗寶樹山銀杏寺の草創は不詳。開基当初の小栗山の戸数は僅か25戸ほどであり、寺を組織するも生活が成り立たず、住職が代わっては建て直すという状況がしばらく続いたそう。宗派もはじめ浄土宗、次に浄土真宗、現在は曹洞宗と転々としました。本尊阿弥陀如来。これは浄土真宗から曹洞宗に代替わりした際に、御本尊も引き継いだため。
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堂宇の向かいにお墓。
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永代供養墓。
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無縁供養塔。
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ペット供養墓。
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地蔵堂。
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銀杏寺の由緒に係り深きイチョウ。
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銀杏寺と銀杏の由緒…『当寺乃起原甚だ古く口碑乃傳る處により慈覚大師巡錫乃砌り此地に至れり一夜光明乃輝く銀杏乃老樹を看て佛法具通乃霊地たる事を悟れり一宇建立せりと尓耒元亀天正戦国乃世となり津軽為信公当国を一統せし折り兵火に焼かれ枯たる銀杏乃代木として大浦城より移し植たる由。現在樹零約四百年耒と推定詳細不明なれど如何なる霊験なるや樹枝に松かしら生じ誠に奇瑞と稱せられ後に松かしらを由縁とし松月庵と篇額を賜ふ由緒あり 御佛乃霊樹乃枝に松かんなじた恵も深きよろじ代乃村 昭和28年1月吉辰 銀杏寺十世朝日代』
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保存樹木イチョウ(指定第11号・平成3年2月19日・宗教法人銀杏寺)…『津軽藩祖為信公が、津軽地方統一の拠点とした、大浦城(岩木町)から移植したと伝えられる古木である。イチョウは比較的移植が容易であり、発根力も強いことから言い伝えもうなずける木である。推定樹齢400年以上。』
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