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黒石神社にやってまいりました。
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2015年6月16日、黒石藩祖津軽信英公分知360年に当たり、日光東照宮宮司稲葉久雄氏、靖国神社宮司徳川康久氏(徳川慶喜の曾孫)等を迎え、黒石神社(津軽承公宮司)にて東照宮遷座祭が執り行われました。※徳川家康公の命日(4月17日)にちなみ6月16日に遷座、同17日に奉祝祭。
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新たに建立された摂社東照宮。ここに旧弘前東照宮に祀られていた徳川家康公の御神体を遷座し、津軽信英公の母である満天姫を相殿として祀りました。
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御祭神は主祭神徳川家康命、相殿神津軽満天姫命。
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御由緒…『徳川家康公薨去の翌年元和3年(1617)春、津軽安泰北門鎮護のために弘前藩2代藩主津軽信牧公が徳川2代将軍秀忠公の許しを得て、先ず弘前城本丸に家康公を祀る東照宮を創建した。寛永元年(1624)、城外東方鬼門の方角に当たる土淵川沿いに新たに社殿を建立し奉遷、以後平成の御世に至るまで弘前東照宮として脈々と庶民の信仰を集めてきた。しかし、平成25年(2013)3月、故ありて弘前東照宮は解散せざるを得なくなった。当宮の創祀は、これを受けて御祭神家康命を新たな場所に永久に安んじ奉るべく、この神域に新宮を建立し、平成27年6月16日御霊が奉遷された事を初めとするが、更にこの時、家康公の養女であり、信牧公の正室である満天姫命が合わせて相殿にお祀りされた。これは、満天姫が黒石神社御祭神津軽信英公の母君であるため父子三代の御霊が仲睦じくこの神域にお鎮まりになられ、そのご加護とご神徳が広大無辺に垂れ給わんと発願した事による。』
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神額は日光東照宮宮司稲葉久雄氏の揮毫。
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これまで多くの人が気にかけてきた弘前東照宮の経緯。ここまでは長い道程だったと思いますがようやく安心できますね。
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