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御祭神は誉田別命。
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坂上田村麻呂創建の伝説を持ちますが、慶長5年(1600)に村中安全の為に勧請。産土神として崇敬。相殿に稲荷宮があり、1堂2社が合祀されていましたが、明治4年に八幡宮とし、明治6年には沖館神明宮に一時合祀されるも同9年復社。
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以下境内にあった由緒より(平成21年11月吉日建立)。
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慶長5年(1600)村中安全のため、誉田別命を御祭神として勧請、産土神として村民崇敬の中心として建立(現在の釈迦堂の地)。
明治元年(1868)神仏分離令が発布される。
明治6年(1873)沖館神明宮に、合祀となる。
明治9年(1876)村民の熱い願いによって復社許可される(12月)。
明治10年(1877)現在の拝殿を建立村中で祝祭。
昭和14年(1939)建立後、度々の請願にも関わらず、村社昇格が許可にならず、漸く昭和14年7月20日、村社昇格が許可される。昇格記念碑を建立し村中で祝祭。
昭和20年(1945)神道指令により、神社は、国家及び地方公共団体の維持管理を離れた宗教団体となり民間の神社本庁によって包括された。
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拝殿。
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本殿。
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手水舎。
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狛犬一対。
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台座には「明治丗八年旧十一月十五日」「宿河原石工蔵本富喜び」とありました。
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御神馬一対。
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本殿裏手にあった石碑です。
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一つは「大神宮」かな。
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もう一つには文政10年3月10日紀年銘で「金毘羅大権現」とありました。
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東宮殿下御成婚記念碑。
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「豊かな道」(平賀町長原田忠太郎)。
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石鳥居寄付者の碑。
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創立百周年記念碑。
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八幡宮昇格記念碑。
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天皇皇后両陛下御来県記念碑。
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オリンピック東京大会記念碑。
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使用されていない井戸がありました。
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摂社の貴船神社です。
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神社前の池にサンゴ打つそうですが、池の水はほとんどありませんでした。
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