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大山祇神社。
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安政2年神社書上帳によりますと、大日堂・山神宮・馬頭観音堂があり、山神宮は寛文年間(1661-1672)の再建、馬頭観音堂は宝暦5年(1755)の創建。明治6年には高岡の高照神社に合祭されるも明治7年復社。
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白沢村には有馬喜太夫預かりの山神宮と瀧神社があり、この両宮のことかも知れません。
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社殿内。祭日は9月12日で弘前天満宮の神主が来るそうです。
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かつては大秋川の橋のたもとにあったという庚申塔。
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大山祇神社境内にある馬頭観音。
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元々は白沢の共同墓地の近くの杉山の中(馬投げ場)にあったそう。
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新しく生まれた馬が1歳になると丈夫に育つようにと当馬頭観音前にて祈願したと云います。菅江真澄が次のようなことを記しています…『白沢という山村があった。この村はずれの馬の神の祠のかたわらにたっている柱の先ごとに、馬のくらの形をしたものが付けられてある。これは牛でも馬でも、けがや病いにかかると、いたこが神がかりして、何の祟りかをつげるので、その罪をあがなうために奉ったものだという。祠のうちに駒の形を刻んだ石があり、宝暦と年号がしるされてあった』。
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山の神様の数メートル程横にも神社。
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少し脱線しますが、白沢地区には少彦名神を祀る龍神様(竜神の沼があり、その沼の北に堂宇があります。かつては西川氏個人のものでしたが大山祇神社の分霊を祀って村中にて祭ることになったそう。)があります。※わかりにくいのですが下記の写真。昔はもっと広かったそうです。
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竜神の沼は大山祇神社から離れた場所にあります。わかりにくい場所です。また、柵が設けられており入ることができません。※私は許可を頂いて入っています。
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雨乞い沼として非常に有名で、沼をかきまわしたり、女の人を沼に入れると雨が降ると云われるそう。また、東目屋の人々は藁で蛇の人形を作り、沼で泳がせたそうです。
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『水神竜神 十和田信仰』には「大秋の沼頭には中畑の人たちが蛇体を作って雨乞に行くし、白沢の白沢沼は主の竜神を沼之竜少権現として祀り、雨乞には男女がはだかになり、わらのふんどしをしめて水辺で相撲を取るというめずらしい風習があった。六十年位前まで行ったという。」とあります。案内してもらった方に聞いたところ、現在、祠などは他の神社などと合併されたため、沼の畔には残っていないそうです。ってことはこの神社は元々竜神の沼に鎮座していた竜神様かな。
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社殿内です。
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蛇や龍の絵馬も奉納されていました。『水神竜神 十和田信仰』にて沼之竜少権現と紹介されている絵馬の写真と同じです。
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こちらには大山祇・稲荷の文字の他に九頭龍とありました。
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少し離れた大白温泉前に立派な鳥居がありました。この場所は白沢館跡になります。
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この鳥居が何なのかはよくわかりませんでした。地元の方に聞いたら「あの鳥居は別に何でもねぇ」っていう答えが返ってきました…逆に意味深です(笑)
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