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細野相沢地区にある八幡宮です。天文年間には苛沢と表記され、正保2年には藍沢、元禄3年には松沢村と見えます。相沢村の支村であった細野は平山日記(元禄3年)によりますと畑野村とも表記され、享保11年(1726)細野村として相沢村から独立。集落一帯からは縄文中期や大洞C1式の土器が出土しています。また、天正年間には細野館が存在していたと考えられており、本郷館と関連深いとされています。寛政9年(1797)、菅江真澄が『錦の浜』にて苛沢村の苛は蕁麻のことで「盲婦いたく石、瞽夫めくら石、牛石といふ三の石は、みちのべの、をどろのしたにありけり。木こり、柴人、山路のつとに杖を折り来て、委多久、咩久良の塚石に手向けるとなん」と記しています。
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御祭神は譽田別尊。
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二の鳥居。
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二の鳥居では一対の御神馬が出迎えます。
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参道の階段途中、踊り場にある馬頭観音。
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更に上ります。
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新堂落慶の碑。「神を敬い 祖を尊び 民は和す」。昭和55年8月青森市住人寄進者細川一衛。
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個性的な狛犬など。
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創建年月日不詳。貞享4年検地水帳によりますと八幡社地1畝10歩があります。
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明治初年の改革により明治40年9月20日付で村社。
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昭和21年に国有境内地譲与申請のところ、昭和25年3月10日付で無償譲与。
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金眼の木鼻。
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本殿。
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意外に高低差がありますね。
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神社前の田んぼが輝いていました。
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