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津軽弘法大師霊場第18番札所。
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浅虫の入口にある善知烏トンネルを抜けてすぐ右手の谷地山麓に鎮座。
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元々は和歌山県の高野山遍照院津軽寺の別院で、昭和11年に開山。
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後に遍照尊院の末寺であった岡山県の豊楽寺向井坊を委譲され、一時は向井坊と称しましたが、昭和15年陸奥護国寺と改称し「お大師さん信仰」のお寺として現在に至ります。
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裏山には八十八ヶ所山廻霊場があります。
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寺宝には毛綱があります。
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八十八ヶ所霊場を開こうとした時に石仏を建てる綱が切れて難航。毛綱はその際に初代住職の尼僧さんが声をかけ、奉納された約12000人の女性の毛髪で編んだ綱であり、非常に丈夫で一度も切れることがなく、以って信者の信仰の強さが毛綱の強さを表したと言われたそう。
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不動明王像と弘法大師像。
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水子地蔵。
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不動明王。
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制多伽童子と矜羯羅童子。
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弘法大師像。
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そう聞きてたどる高野の坂道を のぼれば高き大師御徳。
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それにしても景色がいい場所ですねー。谷地山に登ればもっと景色のいいことでしょう。
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湯ノ島やかつては陸続きだった裸島が見えます。裸島をズーム!
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湯ノ島の弁財天鳥居をズーム。
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菅江真澄のすみかの山に「高田の村はずれにきた。ここに九十九盛りといって、広い田の面につむれ(つむ形に土の小高くなっているところ)とかいうものが、ひしひしとならんでいる。この土地の話に、むかし山姥というおくかない女がいて、浅虫の浦の裸島が寒そうだから麻衣を織って着せようと、つむいだ麻糸をたくさん、へそにつくって(糸をつむに巻いて)おいたのが、化して多くの塚になった。その山姥は神となり、いまは機織の宮と申すのであると、80歳にもなる老人が、たわいもない昔話をした」とあります。
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もう一つ裸島について「青森の伝説」より紹介…「昔、このあたりの村人の家に一羽のワシが舞いおりて、表で遊んでいた幼児をさらって飛んで行った。母親が懸命にワシのあとを追って行くと、ワシはこの岩上に止まって羽を休めた。これを見てわが子を奪い返そうと、母親は狂気になって岩肌に爪を立て、夢中ではい上がって行った。そのために岩に生えていた草木もむしり取られ、母親の指から流れた血で、岩が赤く染まったのだという。」
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