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前回の記事の大波乱を乗り越えて三の坂へと戻ってきました。
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ミラクルな寄り道のせいで一気に体力を奪われています。
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しかし上れど上れど目の前は石段ばかり。
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(o´Д`)=зハァハァハァ
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そして杉ばかり…
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田谷村杉は文化9年に田谷の庄屋渡部作左エ門が寄進されたもの。
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埴山姫神社。古事記でいうところの波邇夜須毘売神ですね。
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合祭殿にて購入したお守りに同封される赤い紐を結んでお祈りすると縁結びの御利益があるということで大変人気の神社です。っていうか赤い扉かと思ってしまいました。
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さてと…
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(o´Д`)=зハァハァハァハァハァ
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尾崎神社。
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神仏分離以前は毘沙門堂だったようです。
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八幡神社。
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三の坂は八幡坂とも呼ばれています。
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相当上ってきました。
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あぁ…これをまた戻るのか(笑)
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羽黒山講堂旧円珠院趾。
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十五丁(約1640m)の石碑。山頂大鳥居の手前の坂を十五童坂といいます。ゴールは目の前だ。
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羽黒山斎館(旧華蔵院)。予約すれば人気の精進料理を頂けます。宿泊も可能。
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元禄10年(1697)再建。往時の山伏達の住した遺構として今に残る唯一の建物。
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斉館前の句碑『出羽の三山 羽黒の杉は 露にまかれて 夜は寝る』野口雨情。
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見えてきました。
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羽黒山頂大鳥居!
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すごい霧(o´Д`)=3
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開山能除太子御坐石と月山遙拝所。
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蜂子皇子が坐禅した石です。
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こちらは何かの礎石かな。
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厳島神社。
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既に雪囲いが始まっていました。
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龍の彫刻が素晴らしい…
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っていうか雪囲いで暗くてブレる(o´Д`)=3
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厳島神社の隣には蜂子神社。
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『出羽三山開祖と仰ぐ蜂子皇子を祀るお社である。蜂子皇子は第32代崇峻天皇の皇子で推古元年(西暦593年)海路北上し、庄内由良港に御上陸。三本足の霊烏の導くままに羽黒山に登り、難行苦行の末、羽黒大神を拝し次いで月山、湯殿山をお開きになられた。皇子の御修行が羽黒修験道に発展、今日の出羽三山の礎を築くに至った。毎年8月31日深夜には御例祭に併せ、秋の峰に入峰した山伏達が社前の護摩壇で大柴燈祭を執行、天下泰平国家安穏を祈願する。皇子の御墓所は、宮内庁の所管で天宥社前を通り正面にある。』
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三神合祭殿。
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社殿は合祭殿造りと称すべき羽黒派古修験道独自のもので、高さ28m、桁行24.2m、梁間17mで主に杉材を使用。内部は総朱塗りで屋根の厚さは2.1mに及ぶ萱葺きの豪壮な建物。厚さ2.1mの茅葺屋根って凄いよねー!!
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現在の合祭殿は文政元年(1818)に完成したもので当時工事に動員された大工は35,138人半を始め木挽・塗師・葺師・石工・彫物師その他の職人合わせて55,416人、手伝人足37,644人、これに要した米976余石、建設費5,275両2歩に達しました。この外に多くの特志寄付を始め、山麓郷中の手伝人足56,726人程が動員されたそうです。
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霧めっ!
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建設当時は赤松脂塗でしたが、昭和45年~47年にかけ開山1380年記年奉賛事業の一環として塗替修復工事が行われて現在の朱塗りの社殿となりました。平成12年に国の重要文化財に指定されています。
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三神合祭殿正面。
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虹梁に鎮座している力士像。
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鋭い眼光です。
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狛犬。
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三神合祭殿内部。
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一般神社建築とは異なり、一棟の内に拝殿と御本殿とが造られており、月山・羽黒山・湯殿山の三神が合祀されているところから、合祭殿造りとも称される独特の社殿。
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内陣は三戸前の扉に分かれ、正面中央に月読命、右に伊氏波神(稲倉魂命)、左に大山祇命・大己貴命・少彦名命を祀ります。
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本社は大同2年建立以来、度々造替を行い、江戸時代には4度の造替が行われました。慶長10年の最上義光の修造を始め、明和5年に再造、寛政8年炎上、文化2年再建、同8年再度炎上。東叡山では再度の炎上に文化10年荘厳院覚諄を別当に任じ本社の再建に当たらせ、文政元年完成。これが現在の本社です。
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鏡池は東西38m・南北28mの楕円形。御本殿の御手洗池であり、年間を通してほとんど水位が変わらないそうです。
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古書には「羽黒神社」と書いて「いけのみたま」と読ませており、この池を神霊そのものと考えて篤い信仰の捧げており、古来より多くの人々により奉納された銅鏡が埋納されているので鏡池といいます。
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鏡池越しに三神合祭殿。
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本日はここまで。
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次が最終回。
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