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かつての小杉村。
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貞享4年検地水帳には観音堂地2畝余が見えます。
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石畑村、四ツ村の3か村共同の産土神で、正観音堂を祀ります。貞享年中の勧請、もしくは天正年間に南部から移したとも伝えられています。「藩中不問語」に「小杉村正観音羽黒派別当宝積院」とあり、正観音を一緒に祀り、正観音の厨子背面に小杉村の成立が記されます。それによれば、南部の将相馬良貞は中野不動館の上田城にいましたが討死、その子良盛が天正年間(1573-1592)この地を得て開拓し、その子孫は寺田氏を名乗ったといいます。
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明治初年の神仏分離により月読神社に改称。
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境内拡張記念碑(大正15年7月)。
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足だけの馬…。
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っていうか…境内が蜂だらけ(( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
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蜂にびびって写真もぶれます(笑)
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本殿前にも月読命の神使ウサギ。
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庚申塔など。
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説明がありました。
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『庚申塚=青面金剛を祀ってある塚。庚申の夜、佛家では帝釈天および青面金剛を神道では猿田彦を祀って寝ないで徹夜する習俗。』
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『二十三夜塚=陰暦23日の夜、この夜月待をすれば願い事がかなったと云う信仰があった。』
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『聖観世音菩薩=衆生の諸難を救い、願いをかなえ、教化救済をする菩薩』
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