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本尊阿弥陀如来。もと弘前貞昌寺末。
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法然の弟子金光が奥州布教の際藤崎の法輪丘に住み、建保五年(1217)金光の死により施主堂が建てらてられたとしますが伝説の域を出ないとされます。
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寺伝では建保3年(1215)金光を開山として創立。
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天和4年(1684)の藤崎村絵図には念仏堂とみえます。
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平山日記によりますと、元禄4年(1691)旅僧が参詣人の髪毛を縫って曼陀羅を作製したとあり、この曼陀羅は現存。
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寺伝によれば元禄9年心誉蓮池が増上寺32世貞誉了也より金光山源空寺摂取院の山号寺号を授けられたといいます。
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正和元年(1312)の板碑があります。
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菅江真澄が以下のように述べています。
「藤崎のに、法然上人がみずからお作りになった阿弥陀仏の像が一体ある。これは山城の国伏見の里の大樹院の僧侶蓮池房が藤崎におちついて、浪岡にものごいにゆき、中野村にきて、思いがけなくこの御仏を得たのである。のちに山号、院号、寺号等を増上寺から寄付されたとかいう。」
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