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閑さや 岩にしみ入る 蝉の声…
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有名なせみ塚に到着です。
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芭蕉翁の句をしたためた短冊をこの地に埋めて、石の塚をたてたもの。
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芭蕉翁顕彰碑。「奥の細道」より。
『山形領に立石寺と云山寺あり。慈覚大師の開基にして、殊清閑の地也。一見すべきよし、人々のすゝむるに依て、尾花沢よりとつて返し、其間七里ばかり也。日いまだ暮ず。麓の坊に宿かり置て、山上の堂にのぼる。岩に巌を重て山とし、松栢年旧土石老て苔滑に、岩上の院々扉を閉て、物の音きこえず。岸をめぐり、岩を這て仏閣を拝し、佳景寂寞として心すみ行のみおぼゆ。』
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さて、更に進んでいきます。
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見えてきた巨大な石は弥陀洞。
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圧巻ですねぇ。
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武田霞山(小川霞山)之碑。
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仁王門。
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嘉永元年(1848)再建。
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けやき材の優美な門で、左右に安置された仁王尊像は運慶の弟子たちの作。
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彫も素晴らしいですね。
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観明院。※奥の小さな建物はトイレ。
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本尊阿弥陀如来を安置。
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昔は卒塔婆書写場に使用されていましたが現在は無住。
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江戸時代までは12の塔中支院がありましたが、現在は4つの院がその面影を残しています。
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性相院。
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本尊阿弥陀如来。
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天福徳智恵観音。
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明治元年に山の善行院、極楽院が合併されています。運慶作と伝わる毘沙門天像も安置されています。また、伊達政宗公の生母、義姫の日牌所。
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伝教大師童形御尊像。
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性相院から眺める仁王門と観明院の屋根。
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金乗院。本尊延命地蔵菩薩。他に千体・不動明王を安置し、寺は天保11年(1840)3月に澄明旭海によって再建。
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平泉は藤原秀衡公の日牌所です。
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胎内くぐりなど。
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中性院が見えてきました。
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本尊阿弥陀如来坐像。
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明治元年に不動院・中之院・観明院(檀家のみ)を合併。
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山形城主最上義光公並びに新庄藩戸沢侯歴代の日牌所。
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背後の岩窟には新庄藩戸沢家歴代の石碑が立ちます。
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「なでぼとけ おびんずるさま(ぼけ封じ)」は長壽を授ける仏様。撫でると病気にかからないそうです。
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中性院の屋根。
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大仏殿手前までやってきました。
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一切経蔵。
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奥には一切経を納める大きな八角輪蔵が見えます。
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大仏殿前から見た一切経蔵。
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華蔵院。慈覚大師は開山の際にここを住居にしたそう。
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本尊は慈覚大師作の観世音菩薩。
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向かって右側にある岩屋に三重小塔(国指定重要文化財 )があります。
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ガラス張りでうまく撮れませんでした。永正16年(1519)頃に造られたそうです。
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記念殿。
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大正天皇東宮時山寺行啓行在所です。
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