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数回にわたって山形市の山寺を紹介していきます。
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まずは腹ごしらえだよね!!
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もちろん蕎麦と芋煮で。
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対面石と対面堂。
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貞観2年(860)慈覚大師が山寺を開くにあたり、この地方を支配していた狩人磐司馨三郎と大石の上で対面し、仏道を広める根拠地を求めたと伝えられ、狩人をやめたことを喜んだ動物達が磐司に感謝して踊ったという伝説の獅子踊りが山寺磐司祭で奉納されます。
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この大石に左手をあてて願いを込めれば、良いことに対面できるといわれています。
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慈覚大師と磐司馨三郎の両像を安置。
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対面石の近くにあった「念ずれば花ひらく」の碑(坂村真民)。
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宝珠山立石寺を中心とする山寺は、清和天皇の勅許をいただいた慈覚大師により、貞観2年(860)に開かれたと伝えられています。
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全山を構成する角礫凝灰岩は、永年の水蝕と風蝕を受けて奇岩怪石となり、これが樹木の間に見え隠れする姿は、四季折々に本当にすばらしい景観となっています。また、境内地の参道石段は、立ち並ぶ句碑や板碑とともに苔むして、老杉や怪石の間にはたくさんの堂塔が建てられ、千古の静寂をたたえています。
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元禄2年(1689)には、俳聖松尾芭蕉が門人の河合曽良とともにこの地を訪ね、『閑さや 岩にしみ入 蝉の聲』の名句を「おくのほそ道」に残しています。
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平成25年に薬師如来坐像の御開帳がありました。紅葉シーズンはまだでしたが、御開帳は50年に1度とあって、さすがに混んでいました。
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鎮守社の日枝神社です。貞観2年(860)、慈覚大師の開山にあたり、釈迦・薬師・阿弥陀三尊を安置し守護神としました。明治維新で村社となり、御祭神は大山咋尊。
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5月17日に山寺山王祭が行われます。
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この地に行幸された大正天皇と貞明皇后の記念碑。
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大銀杏は山形市で一番太いという天然記念物で、慈覚大師お手植と伝えられ、樹齢は1000年を超えます。
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大銀杏の下には高浜虚子・年尾の親子句碑が立っています。
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「いてふの根床几斜に茶屋涼し」高浜虚子
「我もまた銀杏の下に涼しくて」高浜年尾
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亀の甲石。
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御神輿殿。
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こけし塚。
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聖徳太子碑。
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宝物殿。地獄絵図と九相図(人間が死んで白骨になるまでの九通りの姿を描いた図)を特別展示していました。
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登山前に見たくないので…スルー(笑)
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国宝如法経所碑もあるそうです。
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