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浅虫の南端木地挽山の麓、山下にあります。浅虫温泉は弘前藩領内温泉18ヵ所のうちの1つで、藩主の御仮屋・御陣屋がありましたが、享保9年2月の火事にて焼失。
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寺伝によりますと、慈覚大師(790-860)が恐山を開山後、この地に辻堂を結び、一尺五寸の薬師如来と六尺の地蔵尊を刻んで安置したことに始まります。この2体が本尊。
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延宝2年(1674)僧浮鉄が開基し、元禄6年(1693)青森常光寺四世雲芸が再建して薬師堂と称したと云います。
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貞享元年(1684)4代藩主津軽信政が眼疾を患い、この薬師堂に祈願したところ快癒したので、夢宅の2字を染筆し代々の藩主の祈願所となりました。
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以後、夢宅庵とよばれ、明治7年(1874)夢宅寺となります。
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本尊の地蔵尊は雨降り地蔵と呼ばれており、旱魃のとき烏頭川(浅虫川)の上流に移して祈願すれば霊験があると云います。
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津軽三十三観音の第23番札所で、札所本尊の観音像は、境内にあった大銀杏で刻まれたそうです。
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