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浅草神社社殿裏手にあります。
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御祭神は倉稲魂命。
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安政元年(1584)に新門辰五郎の妻が重病で床に伏したとき、山城(現京都府南部)の伏見稲荷神社に祈願したところ、その効果があり病気は全快。同2年に町の人がお礼の意味も込め、伏見稲荷神社から祭神御分身を当地に勧請。その後、小社を創建し被官稲荷神社と名付けられました。
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現在は浅草神社の末社としてその境内に祀られています。
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名称の由来は不明。被官とは官を被るということから、就職・出世と解せばよいとのこと。
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被官稲荷神社正面の鳥居は新門辰五郎により奉納されたもの。
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安政2年に創建。一間社流造。
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社殿は杉皮葺で創建以来のものであり、間口1.5m、奥行約1.4mと小さいものですが覆屋を構えて保護されています。
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覆屋は大正期の建築物と推測。
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関東大震災・東京大空襲にも奇跡的に焼け残った大変貴重な建築物となっています。
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