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御祭神は誉田別尊。
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創立年月日不詳。明治6年村社。
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現在は新岡町会の守護神として敬信されています。
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『八幡宮の主神は誉田別命(応神天皇)であり、本源は宇佐の八幡宮とされ、八幡宮に対する信仰は古くから最も広く信仰されてきたものの一つである。奈良時代には仏教と習合して、朝廷より八幡大菩薩号を贈られ、平安時代に入り、貞観2年(680年)には王城守護の神として、京都石清水に勧請されて崇敬を受け、後、源頼朝が鎌倉鶴ヶ丘に祀ってから武家の守護神として尊崇され、一般民衆の間にはお産の神として信仰されてきた。
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当八幡宮の草創は、安政2年(1855年)の神社微細帳にも記載がなく、また、寛政、嘉永、文化、昭和の年代の棟札にも記載がない為不詳ではあるが、境内には板碑一基が存することの他に当集落の地に別の板碑が存すること、或いは大浦氏(後の津軽氏)の津軽一統に功臣であった豪族の居館があったこと等、その何れかに関係があったものと考えられる。』
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この説明にもあるように、新岡には建武2年の板碑や田中家宅地内(個人所有地)の板碑など市有形文化財に指定されている板碑があり、この地区の古い歴史を感じさせます。また、建武年号を有する古碑にちなんで4代藩主信政が新岡八幡宮の地に廟所を営もうとしましたが、それを嫌った村人が碑を隠したため、廟所は高岡に決まったという伝承があります。建武2年の板碑は後年に新岡八幡宮鎮守の対岸の森で発見されました。
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本殿。
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本殿前の個性的な狛犬。
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三社託宣。
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板碑、庚申塔など。
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