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八戸三社大祭発祥の神社。法霊山おがみ神社・法霊神社。御祭神は高おがみ神、法霊大明神。
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八万町鎮座の八幡宮(応神天王)を正徳2年に合祀。
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常海町鎮座の月山神社(月読命)を合祀(年暦不詳)。
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沼館村鎮座の新川神社(瀬織津比咩神)合祀(年暦不詳)。
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末社に雷堂と権現堂。
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往古柏崎(八戸城地)に鎮座(勧請年暦不詳)。寛永4年(1627)再建。
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南部両藩主の信仰厚く、城主27代南部信濃守利直公同6年造営、その後、寛文4年(1664)台命に依り南部直房公八戸を分領せるにより、柏崎城地より当社地に御堂を移転、同6年造営同年9月20日遷座式執行。
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時の別当大善院寛久なり。これより八戸総鎮守の命あり、南部家代々崇信し、藩主にて度々普請修理御造営、御代参あり、一社伝来の神職祭は旧八戸領地の御輿渡御。
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毎年9月19日祭典を執行の処、享保6年(1721)7月19日長者山へ渡御式の祭礼を始め21日還御。文政7年(1824)、8代の領主左衛門尉信真の時、再建し、8年7月9日遷宮式執行。これが現在の神殿。
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三社大祭のはじまりについて。
八戸では8月1日から八戸三社大祭が行われます。その起源は享保5年(1720)まで遡ります。この年は天気が悪く、しかも冷気が強かったので、八戸町の床屋や乙名たちが、法霊社に祈願し祭礼を賑やかに行いました。それにより天気が回復し、そのお礼として翌年7月19日に長者山虚空蔵堂を御旅所として法霊御輿の渡御が行われ、21日お帰りになりました。
御輿は藩士や町人の献金によって建造。また藩主の家族も桟敷から祭礼を見物し、寺社奉行が跡乗を勤めました。当時から法霊祭礼は八戸町の大きな祭りだったのです。そして延享4年(1747)に初めて山車が登場。当社には江戸時代の山車が2台所蔵されています(※その他の山車や人形は八戸博物館に保管)。明治17年(1884)から、この祭礼はおがみ神社と長者山新羅神社との祭礼に変わりました。その5年後に廿六日町の神明宮が参加して三社の祭礼となりました。更に祭礼日や行列コースなどの変更があり現在に至ります。
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かつて法霊(今から約700年前に小田原から来た人で、工藤祐経の後裔、祐道の孫に当る山伏修験者)という高徳の慈悲深い僧がおり、近郷の人々を教化したので、死後に八戸城本丸内にあった三崎社へ合祀されたといいます。また一説には法霊という修験者は五穀成就や雨乞いの祈祷に効験顕著でしたが、ある年旱天が続き、祈祷の効験も現れず、ついに我が身を犠牲にすべく決心をして三崎社内の池中に投身しました。すると大雨が続き、五穀が豊熟したので、その霊を三崎社に合祀して法霊明神と崇めたともいわれます。当社の起源は古く、鎌倉時代末期の正中2年(1325)には神職7代目であったと古文書に記録があります。
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八戸の人々の信仰は厚く、寛永4年(1627)に再建され、万治元年(1658)に盛岡藩主南部重直公から20石の寄進を受けています。寛文4年(1664)に八戸藩が成立すると、藩主南部信房公の母仙壽尼公は法霊大明神を本丸より現今の地(当時は城内)に遷座して規模を拡張しました。藩の命令を受け、日和乞い、雨乞いなど各種の祈祷を行いました。当時は修験でしたので、熊野三山へ修業に出かけており、その記録は京都聖護院に残されています。また、神事日記など長期間に亘る記録が残されていることも特筆すべきでしょう。八戸の三社大祭は当社から始まったものです。現在の社殿は文政8年(1825)に新築。明治維新に際して神社となり、おがみ神社と改称し現在に至ります。
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義経北行伝説について。
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久我御前が生前使用していた手鏡が現在も所蔵されており、希望者は見学することも可能。
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文政8年(1825)に本殿が新築された際に飾られた彫刻は見事なもので、一本から掘り出したものです。
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彫師は善治で、その出来栄えから藩より褒美を受けたそう。
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御神輿堂。
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太公望の山車は延享4年(1747)、武田信玄の山車は天保4年(1833)の祭りに登場した記録があるそうです。
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太公望は近江屋、武田信玄は河内屋の旧蔵品で、山車人形は京都や江戸から導入したものと伝えます。
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正中の年代がある古文書。
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寛文6年の棟札。
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八戸鎮守法霊大明神縁記。
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狩野由信筆の見返駆馬図。
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幕末に奉納された義経・弁慶像。
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神楽殿。
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稲荷大明神や水神・山神などいくつかの末社が並べられていました。
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天龍稲荷。
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八大龍神。
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こちらには太平山鎮座三吉大神とありました。
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