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龍泉山青岩寺は浄土宗白旗派岩手郡大泉寺の末寺とし、天正10年(1582)円良和尚によって開山されたものと伝えられています。
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天保7年の古文書に寺領20石と出ていますが、同9年3月16日の大火により、本堂・庫裡・大門・観音堂・地蔵堂・鐘楼・裏門等すべてを烏有に帰せしめました。
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本堂は安政2年(1855)に再建されたもので、入母屋造、向拝1間、銅板葺、南面の桁行20.05m、梁間19.1m、向拝の出2.841m、向拝幅4.765mであり須弥壇に本尊阿弥陀如来、右に勢至菩薩、左に観音菩薩を安置。
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この本殿は平成9年7月30日付けで県重宝として指定された貴重な建造物。庫裏は明治6年、旧官所を移築したものでしたが、昭和6年に改築されています。
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山門は明治6年、旧七戸城の城門を移築したものですが、腐朽が激しく、12年、上層部と袖門を取り、寸を詰め改築。
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切妻銅板葺きの4脚門で、正面に扉を設け、左右に仁王像を安置。仁王像は同じく明治6年に新館八幡宮より移したものとされます。
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柱・梁・桁の並びは、現在もかつての七戸城の面影を残しており、平成2年7月6日付けで町指定文化財に。
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鐘楼は明治44年築造ですが、寺号額及び山号額は智恩院大教正の真筆で明治7年12月に頂戴したもの。
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これってどこかで見たことあるような…
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あっ!常福院にあった祈大日大聖不動明王(鈴木正治刻/青森市出身の彫刻家・墨絵画家)だ!
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観音堂。
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奥州街道の追分石がありました。「右ハもりおかミち 左ハ在郷ミち」。
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