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七戸城趾の一隅にあります。城の西北にあたる杉林の中。
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銘によりますと昭和47年10月30日石田吉六により300年忌追善供養のために建てられたよう。
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この塚については諸説があります。案内看板には次のような内容がありました。
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昔、七戸城の殿様には美しいお姫様がおり、身分の低い武士と恋仲となり、それがある日、殿様に知られ、相手の武士は殺されてしまったそうです。その殺された武士の後を追い、お姫様も自害したと伝えられています。ここにある二つの塚は、お姫様と武士がこの世では一緒になれなかったが、あの世で二人が一緒にいられるようにという思いで、二人が埋葬されたものと言われております。ここにある石碑は昭和四十七年に、三百年忌追善供養のため建てられたもの。
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殿様の立場が…(( ;゚Д゚)))
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似たような話では、姫が道ならぬ恋におち、殿様の怒に触れてある夜ひそかに城を追われ、裏門を出る所で家臣に斬られ、相手の男も軽罪の刑に処せられました。雨の夜には振袖姿の幽霊が杉の木立の間に現れるという。
また、次のような話もありました。殿様の寵をうけた美しい腰元(もしくは姫)が業病にかかったので、斬ってこの地に埋めたという内容。塚も姫ヶ塚、鍋塚などとも呼ばれていたそう。
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『青森の伝説』には次のような内容がありました。柏葉城の片隅に嫁が塚といって松の木に囲まれた小さな丘があり、姫の屍はこの丘に埋められましたが姫の怨みは消えず、雨や風の夜には松の木の間に姫の美しい姿が現れるそう。
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以前は塚が2つ並び、杉の古木がありましたが、現在はその根っこのあとが微かに見えるだけといいます。
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