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金木集落の西寄り寺町にあります。
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本尊は阿弥陀如来で、もと東本願寺直末。
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南台寺系譜によりますと、開創の休西坊は摂津国東成郡生玉庄(現大阪府)の住人で、俗名生玉角兵衛で教如法弟。
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文禄2年(1593)金木に草庵を結び「元和二丙辰年五尊寺号ヲ本寺ニ出願御免アリ之ヨリ南台寺ト公称ス」とあり、更に3世玄貞のとき「宝永二年新ニ御本尊寺号下賜セラル」とあります。
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明治初年の「新撰陸奥国誌」には「寛文四甲辰年当郡に錫を留め、延宝三乙卯年八月十日草創せりと云り」とありますが、享和3年(1803)の寺社領分限帳、文化15年(1818)の奥州津軽惣法中草創寺別帳によりますと、創立は元禄3年(1690)です。
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「弘前松峰山長永寺四代大行院先達阿闍梨法印長慶」の銘をもつ高さ、竜頭下2尺5寸の梵鐘がありました。これは正徳4年(1714)5代藩主津軽信寿より寄進されたもの。昭和19年に軍需用として徴収されました。8世智現は東本願寺大学寮の寮司を務め、津軽家老森岡金吾も深く帰依、しばしば参詣したといいます。
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内観はなかなか煌びやかですね。
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聖闘士星矢のゴールドクロスを彷彿させる素晴らしい造り(表現下手)。
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昭和20年7月15日午前6時頃に空襲があり、爆弾が堂の屋根中央に投下されて天井を突き破るも、床下に入り、東方土台のコンクリも破り堂外に出たところで爆裂。この不思議は御仏の守護に外ない。といったことが書かれていました。
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これはその爆弾の欠片らしいです。
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津島家の菩提寺として大変有名です。つまり太宰治ゆかりの寺。津島家の墓所を拝めます。
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大正14年、津島文治氏によって寄贈された鐘楼。
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太宰の「思ひ出」によれば、このお寺では子どもたちのために日曜学校を開かれており、本の貸し出しを行っていたそうです。これによって太宰は幼少の頃から本と親しみ、また、時が経つのも忘れるほどの読書好きであったといいます。
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「私は病身だったので、寝ながらたくさんの本を読んだ。読む本がなくなれば、たけは村の日曜学校などから子供の本をどしどし借りて来て私に読ませた。」※「思ひ出」より
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