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御祭神は誉田別尊。
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中里村袴腰岳に鎮座していたのが現白旗神社に遷座(仮殿)し、天正2年(1574)に現社地へ遷座と伝えます。
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袴腰岳山頂には現在も深郷田に遷されたという八幡神の小さな祠が祀られています。
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天正7年(1579)に再建し、中里、 深郷田、 宮野沢3ヶ村の産土神となります。
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安政2年(1855)神社書上帳に「中里村宮野沢村深郷田村草創之節信仰仕、深郷田村江引移申候数、百年之儀ニ付年月不詳、天正七年再建」と見え、八幡宮の棟札の中に寛永5年(1628)のものがあることから、深郷田村の開村が早かったことが伺えます。
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江戸初期には八幡宮があり、深郷田村は八幡村と称していたと思われます。
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寛文年間(1661-1672)頃より深郷田村と称していたようです。享保11年(1726)に西接する大里村が八幡村に改称。
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菅江真澄が外浜奇勝にて、『三箇田に別れて、八幡村、深江田村をすぎ、年を経た林にはいると、八幡の御神のまえをゆく道にでた。いま通ってきた村の名は、この八幡をさしていうのであろう。木々も年を経ているので由緒もあろうかと、その神主にたずねたが、こたえはなかった』と記しています。
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元禄9年(1696)蓮門精舎旧詞に永禄元年(1558)真蓮社良覚上人建立とあり、寺伝に万治2年(1659)閑栄開基という浄土宗悟真山善導寺が近くにあります。 
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「宝永五戊辰年八月」「寛保二壬戊年八月」「安永六丁酉年九月」「文化元甲子年十一月」の棟札があります。社宝の八幡宮と書かれた額面は神祗伯資延王の直筆と伝えます。
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拝殿内からずっと笛の音が鳴り響いていました。
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山大神之碑。
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こちらには神輿が。
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聖徳太子碑。
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こちらは少し離れた場所にある八幡御蔵跡。
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享保8年(1723)金木新田富野村から移された弘前藩(津軽藩)御蔵跡。※享保18年(1733)説あり。面影はなし。
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こちらは最寄の深郷田駅。昭和7年(1932)開設。
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この付近は底無し沼として知られていて、鉄道建設には難渋を極めたそうです。無人駅素敵♪
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