懐古主義的土手ブラシリーズのラストはもちろん下土手町です。土手ブラ最高ー♪
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明治初年から明治22年は弘前を冠称。町名の由来は土淵川の土手によるとされます。
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江戸期は弘前城下の1町で町人地。明治22年弘前市に所属。以後当町は弘前市を代表する商店街として発達。
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中でも明治26年に下土手町に開店した角み呉服店、同34年に西端南側に開店した角は宮川呉服店は洋式建築であり、角はは大正12年に3階建エレベーター設置の東北地方最初のデパートでした。2月1日の開店当日の入店者は1万人と言われています。第二次世界大戦後に一時進駐軍に接収されて将校宿舎となり、その後はハイローザ(昭和55~平成10年・当初店舗数75店舗・昭和59年全面リニューアル・開店当初の営業時間は10~17時で定休日は第2、3水曜日・※地下のいとくは21時まで営業)という店舗になり、そのハイローザも今はありません。
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※かくは宮川の写真よりも数少ない当時のハイローザ写真。涙が出るほど懐かしい!HI-ROZAじゃなくHI-ROSAね。毎週日曜午後3時からはハイローザ・サウンドカプセル!もはやハイローザ前バス停を使うこと自体が当時はナウだったのです。
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さて、城郭の南東に位置し、一番町から松森町まで東西に走る道筋の町。町内のうち西端から土淵川に架かる土手町大橋(蓬莱橋)までを通称下土手町といい、南は新鍛治町、北は土淵川を挟んで徒町と接します。
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寛永末年頃の津軽弘前城之絵図には町屋として町割りされ、173軒の屋敷割りがありますが町名はなし。慶安2年の弘前古御絵図によれば、町名はありませんが町屋64軒が並び、大工、鍛冶屋、桶屋、銀屋、居鯖などの職人、大坂屋、輪嶋屋、江戸屋などの屋号をもつ商家のほかに、煙草屋、酒屋などの商人が居住。
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慶応3年の土手町支配家業帳によれば、通称下土手の月行事は吉屋三次郎で、御役諸工には指物師、木挽、研師、鍛冶、樋張、御役家業には造酒中畑屋忠三郎が造酒高180石で役銀2貫700匁、ほかに質座、魚売、菓子、線香、染屋、豆腐、引酒小売、絞油、魚触売、小売酒、蝋燭があり、無役家業には古手15軒をはじめ、荒物、油受売、八百屋、打綿、筆師、穀物など71軒がありました。
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昭和初期の冬の下土手町通り。自動車がちらほら。左に角は宮川の建物が見えます。
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昭和29年の下土手町十文字。
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自動車通行が増えた昭和41年の土手町。アーケードができる前です。一方通行化していますが歩道の整備が進んでいません。
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かつての今泉本店は現在のゲームセンター「スペースイン」。
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書店内に入ってすぐ右手にあった階段が名残り深いです。
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2階には文房具や参考書、喫茶店もありました。よく教科書ガイド?でしたっけ。表紙が教科書と同じで、中身は教科書問題の解答とかがすべて載っている本を買いに行きました。これさえあれば数学の問題なんてちょちょいのちょい。古文・漢文なんて現代語に訳されて載っているので、もはや裏技レベル…但し、先生に見つかれば没収されるんだけど。
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3階以上(3階はかつて特設で市内学校の教科書売場になってましたよね)へは立入禁止。
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今泉本店のブックカバー。※汚くてすいません(笑)
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今泉本店は2000年に惜しまれながら倒産しました。
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この年は法華クラブ撤退、花邑閉店など衝撃的な年となりました。そういえば花邑にも喫茶店や本屋がありましたよね。
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土手町コミュニティパークができるまで…。
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協働社ビル屋上や朝日はローラースケート場があったんだって…私の知らない頃ですけど笑

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このように街は少しずつ変化し、過去の物は人々の記憶から薄れていき、一方で新しい思い出もまた生まれていくのです。過去を楽しみ、今を楽しみ、未来を楽しみ…
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美味しい店もいっぱい。
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煉瓦亭は昭和49年創業。
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かくみ小路は半分が土手町。半分が新鍛治町。
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1993年10月、カネ長武田は弘前ビブレとして城東地区に移転(現さくら野)。
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カネ長武田跡地は1999年に土手町スカイパークに。一方、紅屋(地上6階建。昭和38年開業、平成16年閉業)は高層マンションに。
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ハイローザ→ルネス→現在地と移転した約30年の老舗cafe「Cafe&Gallery チェンバロ」。
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ボルドー&パン野郎の看板と、かつて私が好きだったシナモンロール。
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激動の90年代…1998年当時の地図では大体以下のような町並みなっています。
まずは下土手左側【ハイローザ・菊池薬局(裏:青和飼鳥園・シューズショップミロ・パブびいる亭(2F:珍満))・アメリカ屋・グリーンカメラ・中畑バラ園(3F:久米田歯科)・ゲーム選隊・アピア協働社(1F:ブティック朱里馬・ダンスグッズフィット、2F:うめ新・美容室ヴァリエ・ラジャコート)・修理クドウサービス(裏:万茶ン・料理なかさん・シェモア・ハンバーグおしゃべり・巴亜馬屋リクエスト・弁慶など)・みちのく銀行・ボルドー洋菓子店(2F:鳴海紙店)・金正堂本店・紅屋・あおもり信用金庫・悦楽葛西茶舗・男子専科シミズ(裏:マルエス会館)・フルール(裏:沙羅・プチコパン・シュガーランド・バー蔵など)・珈琲館・立体駐車場】
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次に下土手町右側【川越・可否屋葡瑠満・カワイピアノ・萬屋呉服店(2F:田中眼科)・ケンタッキー(2F:煉瓦亭)・エランドール(2F:ボブフレックス2)・福澤食料品店・今泉本店・立体駐車場建設予定地・スペースイン(2F:ACCクレジット)・モードミヤカワ・エルザ・Lファッション弘前店・リネンズIKUKO・器くらしき・中三・日本交通公社・めがねの光研(2F:ボブフレックス)・ミスタードーナツ】
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毛綱毅曠氏が縄文土器をイメージして設計した中三。
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個人的には裏側の方が好き。
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弘前市民のソウルフード「中みそ」。
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土手大橋東南詰には大札所が置かれましたが、たびたび洪水で流失しています。
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