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土手町から続く一番町。
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緩やかに左へと湾曲する一番町の坂を上り、桜大通り(桜大通り市民広場横)を抜ければ正面は弘前城
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しかし昭和33年まで一番町は突き当りだったのです。
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一番町は慶安2年(1649)の寺町の大火後に町割りしており、それ以前は寺院の敷地でした。
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万治2年(1659)から寛文13年(1673)の古絵図では元寺町一丁目とみえます。元禄11年(1698)の絵図では白銀町一丁目となっています。
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一番町の町割りは複雑です。
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例えば坂下角のAL PORTOは一軒ずれると百石町であり、AL PORTOからメガネのくどうまでは土手町、亀屋革具店から弘前グランドホテルまでが一番町。坂上の三上ビルは元寺町。
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かつてのハイローザの建物は半分土手町、半分一番町。坂上の上林印房までが一番町、田中屋は地図を見ると元寺町ですが、住所は弘前市一番町角としています。
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元禄11年の絵図によれば突き当りに堺屋勘衛門という商人が住んでいました。
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その後、明治には突き当りに弘前警察署や市役所が建てられ、公共用地として変遷してきたのです。
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道は対面通行で突き当り正面に三角屋根の弘前警察署、向かってそのやや左に明治25年11月に建設(東長町から明治23年に元寺町に移り2年後に新築)された弘前市役所が見えます。向かってやや右には小山内茶店と中野歯科医院。
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かつては親方町の坂から道が延びていたことを考えますと、一番町の坂より親方町の坂の方が利便性が高かったかも知れませんね。また、桜大通りができる前は青森銀行記念館前を通ることになり、地方裁判所前のやや不自然なカーブは桜大通りができたことによる歪みと言えるかも知れません。
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明治25年6月20日に裏手の県尋常中学校(現弘前高校の前身)から出火し、警察署・市役所共々焼失。
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市民中央広場(桜大通り)にあるりんごの女神像。ちなみに市民中央広場は前川國男デザインです。昭和57年のもので、東屋も前川國男デザイン。
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岩木山に関連する安寿と厨子王と母の像。
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趣意…『この三神一体像は 弘前出身の彫刻家石場清四郎先生が畏友菊池武正氏の芳志を承け 故郷忘じ難く 彫心を霊峰岩木山の神社縁起に得て始めたものである。構想十有余年 先生は まさにこの業を終えようとして平成元年4月16日幽冥界を異にされた。石場ひさ江様並びに御遺族は 業の成らざるを惜しみ 故人を良く知る友人たちに 完成を委ねた。爾来 塑像は松波智理雄先生が補い 石膏は青木武次郎氏が復し 鋳造は高原四郎氏が完うした。台座は故人生前の言に従い 万成石を三原建彦氏が調えた。時に弘前市政は すでに百年を刻み 想いを新たに高く遥かにして 市民にこの像を託そうとする神韻縹渺 ますます広く深く 未知に棹して 永く ともに安からんことを 平成4年11月24日』
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学都弘前之碑。
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碑文…『この地 秀峰岩木山を仰ぎ古来人材多し 津軽氏 城を築き町を興す 故なきにあらず 元に高岡後に弘前と称す 藩風文武を分たず学問を重んず つとに稽古館を設け儒学を講じ幕末には蘭学堂を加え洋学をも授けたり 明治維新を迎え廃藩置県ありて学制頒布せらる 弘前はよく学区を整え小学校を開き不学の人なきを期す ことに藩校を継げる東奥義塾は海外より教師を招き新時代を担うべき逸材を養成せり これより公立私立の別なく中等学校の設立相次ぎ教育の実大いにあがる 大正時代に入るや弘前市に高等学校誘致の議起る 市民の熱意と好適なる環境は国家の要請に合致し10年4月ついに弘前高等学校の開校実現す 数えて65年前なり 俊秀全国より集り破帽に大鵬を徽章とかざす ともに勉励し心を練りて青春有為の時を刻みぬ 昭和25年3月閉校に至るまで これに学びし者 4千8百有余人なりとす 今 弘前市は総合大学たる弘前大学を中心に東北女子大学 弘前学院大学その他短期大学など林立し初等中等教育の充実と相俟ちて学都たるの名を誇るに足れり 我等 貞石を得て碑とする所以は他なし この地 永遠に美しき教育環境たらんことを希望するにあるのみ 撰文 小野正文 母校創立65周年記念祭に当り之を建て弘前市に贈る 昭和60年4月29日 旧官立弘前高等学校同窓会』
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昭和2年建築の三上ビル(旧弘前無尽社屋)。
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珈琲時代屋の趣ある看板。
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明治30年創業の田中屋。
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昭和10年古地図では一番町角の敷地の一部が熊木牛豚店となっていますね。
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平成2年創業の珈琲北奥舎。
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昭和51年創業の壱番館と、大正4年創業の亀屋革具店。東北のエルメス!元々は第八師団御用達の馬具専門店でした。建物は明治期の建築で趣のある建物に指定されています。
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川越黄金焼店。三越みたい。
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創業明治18年。
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