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旧国立第五十九銀行本店本館。弘前市元長町。
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明治37年(1904年)建設。総工費6万7,711円、工期2年半。木造2階建、寄棟屋根桟瓦葺き、装飾塔付。
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昭和40年に取り壊される予定でしたが地元市民の要望により、元の位置から90度回転し50m曳屋した上で、昭和42年からは記念館として保存・一般公開。昭和47年国の重要文化財指定。
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設計は洋風建築の名匠堀江佐吉で佐吉の最高傑作の1つ。
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天井には金唐革紙(復元製作主任は後藤仁)が施されており、建築当時のまま現在まで残されている建築物は日本でも数少ない貴重なもの。
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これは雪ですよ(笑)
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昭和14年、戦時下の第五十九銀行。
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昭和18年には第五十九銀行ほか県内5行が合併して青森銀行が発足。
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ちなみに元長町の通りは現在この第五十九銀行の角で丁字路となりますが、昔は北にまっすぐ通じており、文化会館の場所も貫き、NHK前まで通じていたそうです(上長町~下長町)。
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そう言われると現在も元寺町と下白銀町の間の裏小路にはその名残りが感じられますよね。わかるかな。
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親方町。
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藩政時代初期に馬で荷物を運ぶ荷駄方人足の親方衆が住むところとして町割りされてました。当初は現在の倍ほどもある大きな町でしたが、宝永3年(1706)ころの町替えによって今のような姿になりました。現在の親方町の坂からこの標柱付近を通り、市役所方面へと向って道が貫いていたようです。
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弘前古御絵図では京屋・菱屋・大津屋・加賀屋などの屋号をもつ商家が見えます。
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火事の多い町でもあったようで、文久2年(1862年)6月16日に柳屋小五郎方が火事となり類焼家屋97軒土蔵7ヶ所消失した記録があります。柳田かと思った…
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青銀の向かいにはかつて海老助や成田書店などがありましたね。昭和10年古地図では福士洋服店。
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コーナン(株)は倒産して無くなりました。屋根の上の地球儀が印象的でしたよね。
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コーナンの向こうには現役のうな新、鳥ふじ。
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親方町の坂。
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一番町方面。
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