本尊は釈迦牟尼佛、脇侍、文殊菩薩、普賢菩薩。
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本寺は隣松寺で末寺に吉祥寺、直指院、少林寺、智園寺。
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藤原氏の支流桜庭太郎左衛門信正が奥州南部から来て為則公の幕下に属し、目屋桜庭村を領しました。
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一宇を賜り、信正と号し、侍十二騎、小知行の者30人をつけられ、垣上を築いて居住。
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この地に古くから行基の作といわれている千手観音菩薩を鎮座。後世になり、これを清水の観音と呼び、堂守の僧を喜山と号します。
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元亀2年(1571)5月5日の石川大仏ヶ鼻城攻略の時、三陣の旗本の中に黒土近江助方、中畑惣助、桜庭太郎左衛門の名がみえます。
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慶長5年(1600)関ヶ原合戦の際、大垣(岐阜県大垣市)攻めで18歳で戦死した信正の嫡男左衛門次郎正次追善のため、領地桜庭村の喜山庵に寺領六石を寄進。
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同15年信正没後、同庵へ葬り、陽光院信正良勇の法号から、嗣子信光が寺号を桜庭山陽光院としたとします。
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また慶長年間に弘前に移ったとあります。
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開基の位牌二基(藤原正次(櫻庭院殿忠山道義大居士)、藤原信正(陽光院殿信正良勇大居士))、寛延元辰十二月吉日(1748年)、明和九壬辰年5月17日(1772年)、享和元辛酉5月吉日(1801年)、明治5壬申4月5日(1872年)の棟札、懸仏に阿弥陀如来(鎌倉~室町)、十一面観音(室町)、薬師如来(室町)、三宝荒神(室町)、聖観音(江戸初期推定)、絵画に工藤仙来筆の十六羅漢図衝立、山水図襖絵などがあります。
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本尊南無釈迦牟尼佛と石澤龍峡壁画(昭和38年作)。
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改築前本堂外正面のレリーフ(山内清隆作)。
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観音堂。
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改築前の山門。
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昭和22年頃の参道と本堂。
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