貞享4年検地水帳によれば外崎村に清太夫抱えの八幡社がみえます。
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この八幡宮が城東八幡宮かと思われます。
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祭神は誉田別命。
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手水舎?(笑)
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本殿裏に2基の板碑がありました。昭和53年に市有形文化財に指定されています。
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城東地区は元々高田や外崎などの地名に分かれていましたが、この2基の板碑は通称寺内(現在の外崎地区)にあったものです。
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1号碑は安山岩で種子は(バン)、その下に「右志趣者為(比丘尼後生:現在欠損)/善処成等正覚乃至/法界平等利益也而已」と3行の願文を彫り、正安元年(1299年)の紀年銘があります。2号碑も安山岩を用い種子は(ア)、その下に3行の願文「右者為覚智尊/儀成仏得道乃至/法界平等利益」を彫り、正安3年(1301年)の紀年銘があります。但し、この碑の銘文の一部は補刻されたらしいです。2基とも火災に遭っており、碑面に剥脱部分があります。
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刻まれている年号や銘文から当時この地方を支配していた平賀郡の津軽曽我氏の一族に関係する人物を祀ったと考えられています。また、鎌倉末期に寺院があったと推定されます。
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