天台宗 那智山 袋宮寺(たいぐうじ)。弘前高校のすぐ隣。創建は不詳。
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津軽天台四山(報恩寺、猿賀神宮寺、薬王院)で津軽藩の祈願所である熊野三所権現の別当として樋口村にあったのですが、江戸時代末期に至り寺運衰え、報恩寺の塔頭である無量院と合併して、その名跡を現在のこの地に伝えたといいます。
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無量院は報恩寺観音堂の守として延宝年間から奉仕していましたが、明治年間に報恩寺より独立。
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藩政時代に報恩寺の末寺であった無量院観音堂の本堂として建立されましたが、明治の神仏分離の際に市内樋口村の熊野宮別当であった袋宮寺と合併し、袋宮寺の本堂となったのですね。
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五間四面の裳階付きで内部の天井は高く天女が描かれており青森県内でも珍しい建物です。延宝5年(1677年)頃の建立と伝えられます。
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十一面観世音菩薩は元々無量院の御本尊。延宝5年(1677年)に4代藩主信政が、父信義の菩提を弔うために弘前城内の老木を使用し悲願を込めて作らせたもので、青森県内で最大の木造仏です。
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胴は一木を前後に割って内部をくり抜いて側面で合わせ、頭部と両腕は金具で取り付け、全身を漆と金箔で仕上げています。作者は松雲元慶(1648~1710)とも伝えられますが不明。
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像高1丈9尺6寸、肩幅5尺、頭部には11の面があり、地元では「背高観音」とも呼ばれています。本堂と共に青森県重宝に指定。
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ちなみに私は初めて訪れた際にこれを見て…「えっ!?小さっ!!」って言い放ち
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「その後ろですよ」と言われて見上げた際に、その大きさに大変驚いた記憶があります(笑)
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壁かと思った(笑)
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更に詳しいことは「袋宮寺HP」へどうぞ♪
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