品川町~山道町~住吉町付近。第八師団が設置されていた頃、銀座街には軍人相手のカフェなどが立ち並んだと言います。品川町は古くは土手後町。
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「ないす堂」というちょっとマニアックなお店?よく見ると以前は予備校だったんですね…ギャップが(笑)
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千葉革具店。上記の昭和10年地図に千葉商店(千葉保険サービス)とあります。
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以前は隣りが酒店・志乃家があり、更にその向こうの住吉入口バス停のところに羽田皮膚科の駐車場、丁字路の角にラーメン屋もありました。
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銀座街ではありませんが更にその先の「登嶋模型店」なんかも懐かしいですね。
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登嶋模型店の建物は昔のままに残されています。いや、現役!?レアなプラモがありそう(笑)
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昭和30年創業「樽満 銀座街店」。
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玄関前の酒樽は30石入り(3,000升)の貴重なものである…が、このまま放置されています。
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現在は城東にあり繁盛しています。
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樽満の隣りには「磯木薬局(現在もあります)」、その隣りには「東寿司」がありました。「POSH BOY」のお店もありましたね。
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弘前の写真家である長部誠さん(長部日出雄氏の実兄)が経営されていた「レストラン和久」。
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昭和7年「居酒屋呑平」として開業。店主長部恭平氏。長部恭平氏が亡くなった後、その妻が店を継ぎ、太平洋戦争中は店名が不謹慎とのことから旧姓の和久に改称。その後、次男の誠氏がキリンビヤホールとして昭和46年に開業。誠氏は平成19年にお亡くなりになりました。
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「黒滝書店」も長いことありますね。隣りには「子ども専科みどりや」もありました。2Fは現在は「鮨たか」、前は「喫茶ブラウニー」。
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丸三(マルサンショッピングセンター銀座街店)。高松写真館はとりでん裏手、鳴海病院手前に今もありますね。
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現在はこんな感じ。
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解体されてからは十数年かと思うので記憶には新しいです。
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それにしても、かなりすっきりしちゃいましたね。
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昭和10年古地図では慈善館になっています。
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現在はアパート。
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弘前初の活動写真(映画)常設館で大正3年(1914)に建てられました。
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八角の展望台が特徴的な和洋折衷建築物。
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筋向いには「はっぴーばーすでい」と角には「銀座街ストア」がありました。
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足ツボ的な店もちょっと前にあった気がします。「銀座ストア」隣りには「ブラジル」、「秀」、「ポルトブラン」がありました。
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丸三向かいには「エンジョイショップ」、「古本時代屋」、「ノエル(現在もあります)」、化粧品店等がありました。
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角にあった工藤パンの建物はそのまま。
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ちょっと前までは上記古地図の海老屋の名は裏手に残っていましたし、工藤パンの名残もかろうじてあったのですが…
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最近壁も綺麗に塗り替えられて変わりました。
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