vol.1で結構紹介したのですが今回は違う視点からの長勝寺です。
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長勝寺庫裏です。
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庫裏は、大浦城台所を移築したと伝え、側柱と中央通りの柱を揃えて立て、各柱に登梁(のぼりばり)を架け渡し、これに小屋束を立てて和小屋を構成。
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半解体修理を実施していますが、その修理の様子を見に行きました。
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とっても巨大な鬼板。
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昔の三門と現在の三門の写真を比べてください。
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昔の写真では大きな鯱(しゃちほこ)が三門に乗ってますよね。
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これがその鯱です。
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こちらは三門の鬼板。
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大きさ・デザイン共に迫力あります。
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ちなみに撮影禁止の津軽為信木造はこんな感じ(※写真の写真です)。
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見学は可能。これは慶長12年(1607)年に病気治療のため京都に登った為信が仏師に命じて作らせたもの。束帯姿で本体とは別製の冠をつけています。
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かつては十一代藩主になる前に18才で亡くなった承祐(つぐとみ)公のミイラ(昭和29年に地下7mより発見。木炭で包まれて土葬されていたそう。)も安置され、ご開帳されていました。皮膚に弾力があり、まるで生きているかのような状態で発見されたそうです。※津軽家末裔の意向により火葬されました。
津軽家墓所。
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五棟霊廟のすぐ前にあります。
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