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「しちょうへい」と言います。
場所は旧清水村。現在の弘前市清水3丁目。
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タムロン弘前工場の敷地とその周辺です。石碑はこのタムロンの看板のほぼ真裏にあります。
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敷地内は関係者以外立入禁止ですが、入口付近のこの石碑をちょっと見るくらいは大丈夫でしょう。
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現存しているものは個人倉庫2棟のみです。清水3丁目一帯が輜重兵第八聯隊だったと考えると結構広いですね。ちなみに輜重兵とは兵站(へいたん:物資の配給や整備、兵員の展開や衛生、施設の構築や維持等)を主に担当する陸軍の後方支援兵科の一種で、大変重要な役割を持っているんですね。
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大正4年、第八師団輜重兵第八聯隊。
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こちらは輜重兵第八聯隊之址から程近い練兵場になります。
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現在はただの空き地なので逆に雰囲気ありますね(笑)
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錬兵場は大開1~3丁目及び鯵ヶ沢町長平町にありました。現在は住宅地やりんご園地などに使用されています。
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パーラーアコムでしたっけ?この駐車場跡付近から大開方面に広く錬兵場があったわけです。以下の門が何の痕跡かは不明ですが。元々何かが建っていたんでしょうね。
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ちなみにこの大開から桜ヶ丘を通ると、原ヶ平の陸軍墓地(現りんご園地、弘前大学農場、長勝寺に移葬)、並びに現陸上自衛隊弘前地駐屯地まで意外に近いです。古地図はこちら。
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